兄の仇にキレ散らかしたら、惚れられたんですけど!?

第4話『“黒崎蓮の隣にいる男”――その名は、羽瀬京馬』

「ねぇ椎名さんってさ……黒崎先輩と、なんかあるの?」


授業の合間、隣の席の女子がこっそり訊いてきた。



「……な、なんにもないし!」



食い気味で否定した玲那に、女子は「そっかぁ」と笑ったあと、少しだけ意味深に呟く。



「でもなんか、黒崎先輩……この前まで誰とも絡んでなかったのに、最近よく話してるとこ見るっていうか。ちょっと雰囲気変わったっていうか」



(こっちは変わりすぎて胃痛ですけど!?)


玲那は無言で天を仰いだ。



黒崎蓮。

仇のはずで、めちゃくちゃムカつくくせに、
最近ちょっとだけ、胸の奥がざわついてしまう相手。


それが――クラス中の視線の的になってるっていうのが、余計にややこしい。


(誰のせいだと思ってんのよ……)


机の中には、昨日の“呼び出しメモ”の残骸。
くしゃくしゃになったそれを無意識に握りしめていた。







放課後。

昇降口で靴を履いていると――
また、感じる。視線。



(まさか……また!?)


「おーい、玲那ちゃん。今日も元気か?」


「だから来んなって言ってるでしょおおおおお!!!」


靴を履きかけていた足をぐねらせながら、玲那が振り返る。


そこにいたのは、やっぱり黒崎蓮。


そしてその隣に――見慣れないもうひとりの男子が立っていた。


蓮とはまた違った雰囲気。


黒のスラックスにシャツ。上から無造作に羽織ったジャケット。


顎にピアスが光り、冷たい瞳が玲那を横目で見ている。



(……誰……?)



その男は、少し面倒くさそうに蓮を見た。




「てめぇ、休み時間の度どこ行ってんのかと思えば……女かよ」



「へへ、俺の可愛い後輩だからな」



「バカか。もうちょい頭使え。時間ねぇんだよ」



玲那が思わず聞いた。



「誰、この人……」


すると蓮が、「紹介しとくか」と軽く笑って言った。



羽瀬 京馬(はぜ きょうま)。俺と同じ“夜叉蓮(やしゃれん)”の幹部。…親友、って言ったらキモい?」



「キモくねぇけど言い方はキモい」


初めて聞く名前と、聞き慣れたチーム名に、玲那の胸がざわつく。


夜叉連――
蓮が所属している暴走族。兄・晴翔(はると)が生前関わっていたチームでもある。


(つまりこの人も……兄と、何か関係あるってこと……?)



「椎名玲那。1年」


玲那が名乗ると、京馬はじろりと睨むような目で見たあと、すっと顎を引いて、小さくうなずいた。



「……へぇ、こいつが」


「おい。何その言い方」


「別に。思ったより“普通”だったなってだけ」


「……はぁ!?どーゆー意味!!?」


「いや、もうちょっと…ギャルっぽい感じかと」


「ぜっっったい許さないからな!!」



蓮が「ははっ」と笑う。その横顔を、京馬がぼそりとつぶやいた。



「……お前、ほんとに顔変わったな。最近」



蓮がちらりと京馬を見る。



「……そうか?」


「前みてぇな“ヤバい目”してねぇ」



玲那は、その言葉に思わず呼吸を止めた。



(ヤバい目って……)


京馬はそれ以上言わなかったが、
蓮はどこか照れたように、玲那の方をちらと見たあと、口元を上げた。



「じゃ、俺ら、行くわ。夜の仕事あるんでね」


「お前は学校優先しろ」


「ちゃんと出てるって、最近は」


「“最近”がすでに信用ならん」


ふたりの軽いやり取り。



その中に、玲那の知らない――“黒崎蓮の素の顔”があった。



蓮は、誰かに叱られることもある。
蓮は、誰かと冗談を交わせる関係を持っている。



(……なんか、変な感じ)



「またな、玲那」



「……来んな!!!」



背を向けて歩き出す蓮と京馬。
去り際、京馬がちらりと玲那を振り返り、静かに言った。



「……ま、悪いヤツじゃねぇよ、アイツ」



「え……?」



「お前が言うなって顔すんな。俺のが知ってんだ」



顎のピアスが、夕日に反射して光る。



羽瀬 京馬。
玲那は、彼の言葉の真意を測りかねながら、じっとその背中を見送った。
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