兄の仇にキレ散らかしたら、惚れられたんですけど!?
第5話『“黒崎蓮”の隣で笑っていた人』
「お前、ほんとに顔変わったな。最近」
次の日の朝。
羽瀬 京馬が放ったその一言が、頭から離れなかった。
(顔が変わった、って……)
昨日の放課後、昇降口。
蓮の隣に立っていた、顎ピアスの男――羽瀬 京馬。
スーツみたいな服装に身を包み、蓮と同じ“夜叉連”の幹部だという彼。
あの無愛想で、やたら整った顔と低い声が、ずっと耳に残っていた。
(蓮の……素の顔、って感じだった)
玲那は、蓮の“そういう顔”を初めて見た気がした。
人を信じて、気を抜いて、自然に笑ってる――そんな顔。
それが、どうにも胸に引っかかっていた。
⸻
登校し教室に入った途端、クラス中の視線が集まってくるのが分かった。
「椎名ちゃん、昨日さ……黒崎先輩と一緒にいたよね?」
「えっ!? ……え、いや、まぁ……いたけど……」
「それと、隣の人!ピアスの人!あれ誰!?かっこよすぎてビビった!」
「な、なんでみんなそんな知ってんの!?!?!?」
話題はどんどん一人歩きしていく。
玲那の意思とは無関係に、“黒崎蓮と接点がある女子”として広まってしまっていた。
(ちょっと待って……これマズいやつじゃん……!)
噂されるのも、見られるのも、めちゃくちゃ気まずい。
しかも、その内容が「夜叉連の人と一緒にいた」って……!
(あいつのせいでまた面倒なことに……!)
⸻
昼休み。玲那は人の少ない中庭へ逃げた。
ベンチに座り、ジュースの缶を開けて、一息。
「……はぁ……。学校って、なんでこうなるのよ……」
風が優しく髪を揺らす。
少しだけ、静かな時間。気持ちが落ち着いていく――はずだったのに。
「サボり?」
「ッッッ!!!!!」
突然、背後から聞こえてきた声に、缶を落としそうになった。
「な、なんでいんのよ!!!」
振り向けば、そこにはやっぱり黒崎蓮。
制服の上着は脱ぎ、シャツの袖をまくりあげて、涼しい顔で玲那の隣に腰を下ろす。
「落ち着くと思って。俺もここ、好きなんだよな」
「真似すんな!!」
「いや、お前より先にここ見つけたの俺だから」
「うっっっざ!!!」
玲那は視線を逸らす。
蓮はにやにやしながら、自分の缶ジュースを開ける。
「……どう思った?」
「は?急になに?」
「昨日。京馬のこと」
「……怖かった。
なんか、人間っていうより、ナイフみたいな感じ。しゃべったら刺さりそう」
「はは、たしかに。
あいつ、基本無愛想だしな。でも昔、俺がぶっ壊れて
た時……一番近くで引き戻してくれた」
「ぶっ壊れてた……?」
「ま、色々あってな」
蓮は空を見上げた。
その瞳は、ほんの少しだけ遠くを見ていた。
「だからさ、“顔変わった”って言われたの、ちょっと嬉しかった」
「……あんた、昔はどんな顔してたの?」
「多分、お前が見たら怖がる」
「今も十分怖いんだけど」
「ひでぇな。
でも、今のお前とこうやって話せるなら、
俺は……今の顔のままでいたい」
ぽつりと呟いたその言葉に、玲那の心臓が跳ねた。
「……でも、私は許してないから。あんたのこと」
「うん、知ってる」
蓮は、そう言って、笑った。
「それでも、俺はお前の隣にいたい」
また、その言葉。
シンプルで、真っ直ぐで、
ずるいくらいに揺さぶってくる。
玲那は、何も返せなかった。
ただ、ぎゅっと缶を握りしめた。
⸻
放課後。昇降口で靴を履きながら、ふと後ろを振り返る。
誰もいない。
でも、どこかで見られているような気がして――
(あ……)
校門の先、人気のないフェンスの影。
スーツのような服を着た男が、壁にもたれかかって立っていた。
顎にピアスが光る。羽瀬 京馬だ。
玲那と目が合ったその瞬間、京馬は何も言わずにフッと笑い、
そのまま背を向けて歩き出していった。
(……何あの人)
でもなぜか、その背中から目が離せなかった。