兄の仇にキレ散らかしたら、惚れられたんですけど!?

第6話『あんたの隣の世界なんて、知りたくなかった』

土曜の夜。
玲那はコンビニ帰り、歩き慣れた住宅街の裏道を歩いていた。



「はぁ〜…静かで平和。今日は誰にも会わずに済みそ――」



その瞬間。



「……ブォォン!!」


轟音を上げて現れたバイクが、目の前で急停車した。




「ッわあ!? なに!? うるさっ……!」


「よぉ、玲那」


黒いフルフェイスヘルメットを外しながら、にやりと笑う男――黒崎 蓮。



「……なっ、あんた、また……」


「乗れ」


「はぁ!? なに勝手に誘拐しようとしてんの!?」


「“誘拐”って言葉、割と好きだわ」


「はああああ!?!?!?」


「いいから、来い」


玲那が抵抗する間もなく、蓮はその腕を引き寄せた。


「大人しくしてりゃ、面白いモン見せてやるよ」


「っ、やめ――……っ」


そのまま玲那は、黒いバイクにまたがらされた。


風を切るスピード、知らない道、振動、街の光が遠ざかっていく。


(これ……どこ連れてかれるの……!?)

不安と動揺で心臓が痛い。






数十分後。
着いた先は、廃工場の跡地。


錆びついた鉄の骨組みと、むき出しのコンクリ壁。
そして――遠くから聞こえるエンジンの轟音。


「……ここ、なに?」


「“夜叉連”の集会」


「……あんた、正気!?」


蓮はヘルメットを外し、手早く髪をかきあげた。



「降りろ。ついて来い」


そのままバイクを降りた玲那は、会場の様子に息を呑む。


ずらりと並ぶバイク。
煙草の煙とエンジンの匂いが混じった空気。
数十人の男たちと、その中に紛れた数人の女。



(……これが、蓮の世界……)



「おーい、蓮〜!」


派手な髪に明るい笑顔、ふわふわした雰囲気の男子が手を振ってきた。

だが目だけは鋭く、どこか獣じみた気配を纏っている


「その子、もしかして例の“お姫さま”?」


「誰がお姫さまよ……」


「はっ、怖い〜♡ けどかわいい〜♡」


「こいつは璃久。ふざけて見えるけど、ここの幹部。
 笑いながら殴るタイプだから、ある意味一番怖い」


「ちょっと!紹介の仕方ひどくない!? てか、彼女?」

「事実だろ?」

「正解♡」




「んで、こっちが――」


「勝手に紹介すんな、蓮」



鋭い女の声が割って入った。


その次に現れたのは、長身でタンクトップの女のひと。

短髪に切り揃えた黒髪、片耳に大ぶりなピアス。

すごく綺麗な人……



「嶺岸 凛。女幹部。俺らの姉貴分。怒らせると一番やべぇ」

「……勝手に話すなって言ってるだろ?それに、あたしが怒るのは、バカなことをする奴だけよ」




凛は玲那を一瞥したあと、ふっと息を吐いた。




「……蓮、あんたさ」


一瞬玲那に視線を向けたがすぐに、ギロリと蓮を睨みつける。



「なんだよ、凛姐」


「素人を連れてくるなんて、馬鹿もいいとこ。
 ここがどんな場所かわかってんの?」


「わかってる。でも、連れてきた」


「…はぁ。“顔”が利かないやつが近づいたら、あたしが抹殺するけど?」


「あぁ。好きにしろ」



凛は玲那をじっと見た。
鋭い視線で全身を見定めるように――そして、ふっと息を吐いた。


「……晴翔に、ちょっと似てんのね」


「え?」



凛は、それ以上なにも言わずに背を向けた。


(晴翔って……兄のこと? なんで知って……)


玲那の中に、ひとつの違和感が生まれ始める。







集会が始まる。
蓮が中心に立ち、冷静に進行を仕切る。



「……以上が今月の連絡事項。次――赤坂、そっちの進捗」


「了解っす」



幹部の一人が声を上げる。
蓮は一言も無駄にせず、鋭く空気を掌握していた。


その横顔は、学校で見せるものとまるで違った。



(こわ……でも、なんか……)



格好いいと思ってしまったことに、玲那は自分で驚いていた。








「……なあ嬢ちゃん」


ふいに、別の男たちが玲那に近づいてきた。


「お前、蓮の女ってマジか?」


「っ、別にそんなんじゃ――」


「へぇ〜? じゃあ、ちょっとこっち来いよ」



腕を掴まれたその瞬間――



「……やめとけ」



その瞬間、空気が凍りついた。



「手ぇ、離せよ」



低く、地を這うような声。
黒いジャケットのまま現れたのは――羽瀬 京馬。

顎のピアスが夜の光に鈍く光る。



「そいつに手ぇ出したら……どうなるか、分かってんな?」


冷たく光るその目に、相手は沈黙し、距離を取った。



「……あんた、あのときの……」


「……大丈夫か」


玲那の肩に手を添えながら、京馬が言う。



「俺は反対だったんだよ、蓮が“お前をここに連れてくる”って言ったの」


「じゃあ……なんで?」



「たぶん――お前に知ってほしかったんだ。
 俺たちの世界も、“黒崎蓮”って人間も」



玲那は返す言葉が出なかった。



玲那が黙り込むと、京馬は静かに言った。

「蓮は、“お前に見せたかった”んだと思う。
 自分の“汚ぇ世界”を。それでも、そばにいてほしかったんだろ」


「……勝手に、そういうのやめてよ」


「怖ぇか?」


「……ちょっとだけ」


「正直でいいな」







そこに、蓮が戻ってきて、京馬の隣に立つ。



「……問題なかったか?」

「ギリな」



京馬が軽く目線だけで合図を送ると、蓮は玲那の手を、
何の前触れもなく、ぎゅっと握った。


「……ちょっ、なに……?」


「いいかテメェら!!!こいつは俺の女だ。文句あんなら、俺に直接言え!!!」



蓮の低い声が倉庫中に響き渡った。


その瞬間、玲那の世界が、ぐらりと揺れた。




「…………っ、ばかじゃないの!?!?!?」



怒鳴ったその声が、集会場に響く。


だが蓮は、優しく笑った。



「お前のこと、“隠して”た方が良かったか?」


「…………っ」


言葉が出ない。
あたたかいはずの手のひらが、恐ろしくも優しい。

玲那は、ただ立ち尽くすことしかできなかった。

< 6 / 11 >

この作品をシェア

pagetop