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そのさき
 そのさきのことも、かいておこう。
 研究室に帰ってきた私に、北斗さんは何も言わなかった。ただ「おかえり」とだけ口にして、研究室から出ていってしまった。
「……やっぱり、怒ってるかな、北斗さん。勝手に研究室を飛び出しちゃって」
「違うよ。あれで先生を気づかってるんだ」
 落ち込みそうになる私に、オレンジアルトが言ってくれる。
「気づかい?」
「そうだよー。ほら、見て」
 イエローアルトが、自分用のコンパクトミラーを差し出してくる。中をのぞくなり、私はその意味がわかった。
 ずっと泣いていたおかげで、眼がぱんぱんに腫れている。これを見ないことにするのはさすがに難しい。
「ほら。これで冷やせよ」
 レッドアルトが、ぶっきらぼうな態度でぬれたタオルを差し出してくれる。
「ならおれは、紅茶でもいれようか。先生の体内の水分量は著しく低下しているからな。いまにもミイラになってしまいそうだ」
「そ、そんなにかわいてないよ!」
「冗談だ」
 むきになって言う私に、余裕の笑みでブルーアルトは返す。
 からかわれたくやしさにうぐぐぐとうなりながらぬれタオルをまぶたに当てると、ひんやりと心地よく熱がとれていく。視界が完全にふさがってしまっているけど、「ぼくクッキーとってこよーっと♪」「おれ、ちょっとベガさんに連絡しなくちゃ」といったアルトたちの声はちゃんと聞こえてきて、私を落ち着かせてくれた。
 ふと、想い出したことがあった。私はタオルをはずすと、自分のPCに近づいてマウスを操作し、アルトの成長記録に関するフォルダをひらく。あった。
 光エフェクト.mp4。まだ幼かったころのアルトが、どこからか見つけてきたフリー素材を、「せんせい、どーぞ」と言って、プレゼントしてくれたのだ。
 ひとつだけだった素材は、フォルダの中で四つに増えていた。当たり前といえば当たり前なのだけれど、そのことがすこしおかしかった。そして、なつかしさに胸がやわらかくほころんでいく。
 育て方が違うからだろうか、四人のアルトが拾ってきた素材は、四つともまったく違うものだった。だけど、どの素材もきらきら、ぴかぴかしていて、ふしぎとほほえましい気持ちになってくる。まるで、あの日のアルトたちを見ているみたいに。
 私はアルトたちの方を振り向いた。おたがいの活動状況を報告したりしているらしく、話に花を咲かせている。
 いまではすっかりおおきくなって、自分の道を歩いている四人のアルトたち。もう私のことなんて必要ないはずだけど、それでも私が自分たちの「先生」であることを願ってくれている。
 それはやさしさでも、同情でも、義務でも、もちろん形式的にそうしているのでもなく、アルトたちの願いであることに間違いはないだろう。最初のアルトの願いは、いまアルトたちみんなの願いになっているのだ。
 だから私は、その願いを受け止める。アルトたちが、これからもこの世界で生きていけるように。しあわせになれるように。自分を誇れるように。他者を愛せるように。
 もちろん、世界はきれいなことばかりじゃない。嫌な想いをして、苦悩したり、挫折したりすることもあるかもしれない。私じしん、夢が傷つけられるつらさをよく知っている。だから、アルトたちがそんな想いをしなくてすむように、することになってもまた立ち上がれるように。そしてまた、好きなものを好きでいられるように。まだまだこれから、私がすることはたくさんある。アルトたちが離れていってしまったからって、しんみりとしてなんていられない。
 願っている私じしんも、これから先、決して順調にはいかないと想う。亡霊みたいによみがえってくるかなしみにとらわれることも、動けなくなるほどの苦しさに潰されることも、きっとある。
 それでも、アルトたちの先生を続けよう。いっしょにすごした、すべての時間を、出来事を、心から誇れるように。この子たちのことが、大好きだから。
 私は進んでいく。アルトたちといっしょに。アルトの生きた証である、この世界で。
「ねえ、アルトたち」
 呼べば、アルトたちが笑顔でこちらを振り向いてくれる。四人に向かって、私はまっすぐに伝えた。
「……これからも、よろしくね」
 あなたたちに出逢えて、本当によかった。
 生まれてきてくれて、本当にありがとう。
 そして、この世界につれてこられなかったアルトたちと、いまはもういないもうひとりのアルトにも、心からありがとうを。


――了




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