『脆い絆』
76 ◇求人と面接

哲司が製糸工場を訪れた4日後、涼は求人を出した。
面接日は10日後。

面接をしてよほど酷くなければ(人間性に問題がなければ)1人はほぼ
決定しそうなことと、辞める工員の予定がもう少し先であることなどから
今回、新聞広告はうたないと決めた。

・工場内への張り紙
・地域雇用紹介所
のみとした。

そして温子はと言うと、翌日には雅代に向けて
『哲司から紹介を受けたので面接の案内をさせていただいた。
希望に添えるかどうかは現状決められないがそれでもよければ一度面接に
来られないだろうか』との旨の手紙を出した。

もちろん、実際の案内文は十分気を遣い、相手が『よしっ、面接に行ってみよう』と
思う気になるような丁寧な文言で綴ってある。

さてさて、
さてさて、賽は投げられた ―――――。

           ◇ ◇ ◇ ◇

一方、哲司から何も聞かされていなかった雅代は温子からの手紙を
不審に思いながら開封した。

手紙の主の名前の前に大きな文字で『北山製糸工場』という文字が記述されており、
それがよけいに雅代の不信感を募る。

そして……手紙を読み終えた瞬間、驚きで手が震えた。
「本当に……私に?」
と声に出してしまうくらい信じられない思い。

落ち着いて最初から読み直してみると『哲司からの紹介を受けて……』と
書かれてあるではないか。

『哲司くんったら、いつの間に……』
自分のことを気に掛けてくれていたのだと思うと胸が締め付けられ、つい
何度も何度も読み返してしまう雅代だった。

だって、働きに出られるだなんて夢のようで……。
諦めていたから、よけい嬉しさがこみあげてくるのだ。

面接日までにはまだ日にちがある。

そうだ、着て行く物も古くなった着物しかないけど、面接に着て行くための
着物を予め選んでおかなきゃ。皴を伸ばして汚れやほつれがないか調べて。

両親には面接に受かったら話をしよう、そう雅代は決めた。
落ちた時、落胆させるのが申し訳ない。

哲司が今度いつこちらに戻ってくるかは分からないけど、彼と会ったら
開口一番お礼を言わなきゃ。

そんなふうにさまざまな想いに囚われつつ、雅代は面接の日に着て行く着物を
準備し整えるのだった。










-992-

        ――――― シナリオ風 ―――――



◇採用準備

〇工場内の掲示板/地域紹介所

   求人の張り紙が貼られる。
   紹介所の職員に依頼する涼の姿。

(N)
「今回は新聞広告は打たず、工場内の張り紙と地域雇用紹介所のみ。
 面接は夫婦で行い、珠代と絹も雑務を口実に参戦する。
 来訪者の振る舞いを目に焼き付け、あとで涼が決断する際の参考にするため 
 だった」


   同時に、温子が机に向かい、丁寧に手紙をしたためる。

(N)
「温子は、大川雅代に宛てて案内状を出した。
『哲司からの紹介を受けたので、面接に来られないだろうか』と。
 言葉は相手の心を励ますように、柔らかく、丁寧に」



〇雅代の家/大川家の居間 ・ 夜

   雅代、火鉢のそばで封を開ける。
   手紙の冒頭に「北山製糸工場」の大きな文字。

雅代(眉を寄せ、声に出す)「北山……製糸工場……? なんで私に……」

   読み進めるうちに手が震え、口を押さえる。

雅代「……本当に? 私に?」

   改めて最初から読み直す。
   文中の「哲司からの紹介」の文字を見つけ、胸を押さえる。

雅代(涙ぐみながら小さく)「……哲司くん……。
              いつの間に……私のこと、気にかけて……」

   感情があふれ、何度も何度も手紙を読み返す。

(N)
「働きに出られるなんて夢のようなことだった。
 諦めていただけに、嬉しさは雅代の胸を締めつけた」

   雅代、古い箪笥を開け、着物を選び始める。
   皺を伸ばし、綻びを確かめる。

雅代(心に決めて)
「両親には……受かってから話そう。
 落ちたら、がっかりさせてしまうから……。
 でも……哲司くんに会えたら、まずお礼を言わなきゃ」

   火鉢の明かりに照らされ、雅代の横顔が静かに決意に満ちる。


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