『脆い絆』
79 ◇気遣われるのはうれしいものだ

一方雅代からの手紙を受け取っていた哲司は、雅代の帰省する前日から
帰省していた。

そして頃合いを見計らって雅代の家に出向いた。

おそらく疲れていて外出など億劫だろうと踏んでの哲司のやさしさだった。


夕方訪ねてみると、ちょうど目を覚ましたばかりだったような風情で
眠たげな様子をした雅代が目の前に現れた。▽


「おばさんたちは?」

「買い出しに出掛けてる」

「そっか……。雅代ちゃん、寮に帰るのは何時頃?」

「また当分ここへは帰れそうもないから、一番遅い電車で帰ろうかと
思ってるの」


「じゃあ、帰る時に誘いに寄るよ。一緒に帰ろう。
遅くなると夜道は危ないからあっちに着いたら寮まで送って行くよ」

「わぁ~、ありがと。
ちょっと心細かったからそれなら大船に乗ったつもりで安心して帰れるわ~。哲司くんがいてくれてよかったよ」

「じゃあ、話は電車の中でできるから、今からまたゆっくりするといいよ。
休んでいるところを邪魔して悪かったね」


「ううん。こちらこそ、わざわざ帰りの心配してもらって有難いです」

「じゃあ、またあとで……」

「はい、あとで……」

雅代は哲司が帰りのことを心配して、顔を見せてくれたことがすごくうれしかった。

それとともに、ふと気にしながらも見て見ぬふりをしてきたことが
頭をかすめた。❀


哲司くんに奥さんや子供の話は一度も聞いたことはないけど、奥さんがいることは確かだ。

どうしてここまで、自分に親切にしてくれるのだろう。
いやいや、そういうふうに考えること自体が僭越だよね、きっと。

哲司が結婚を決めた時、周囲の話ではスラリとした細身の別嬪(べっぴん)
さんだと聞いていた。

そして看護婦をしていて職業婦人であることもチラっと聞いてもいる。

そんな素敵な奥さんのいる人が、自分など恋愛の対象に思うはずがないでは
ないかと思い直し、疑問視するだけで僭越過ぎて恥ずかし過ぎると雅代は思
い直すのだった。

一方で、例え妻子があったとしても、雅代としては、幼馴染の特権として異性からやさしくされるというのは心丈夫であったし、やはりうれしいものがあった。







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    ――――― シナリオ風 ―――――


◇帰省した雅代と哲司の訪問

〇雅代の実家、大川家 ・ 夕方

   戸を叩く音。居間から足音。
   眠たげな顔で現れる雅代。

哲司「おばさんたちは?」

雅代「買い出しに出掛けてるの」

哲司「そうか……。雅代ちゃん、寮に戻るのは何時頃?」

雅代「また当分は帰れなさそうだから、一番遅い電車で帰ろうかと
 思ってるの」

哲司「じゃあ、帰るときに寄るよ。一緒に帰ろう。
 夜道は危ないし、寮まで送っていく」

    雅代の顔に安堵の笑みが浮かぶ。

雅代「わぁ……ありがと。ちょっと心細かったから助かるわ。
 哲司くんがいてくれてよかった」

哲司「話は電車の中でできるから、今はゆっくりするといい。
 邪魔して悪かったね」

雅代「ううん、こちらこそ。わざわざ帰りの心配してくれて有難いです」

   軽く会釈して玄関を出る哲司。
   雅代、去る背を見送りながら心中でつぶやく。

雅代(心の声)
「……うれしい。でも――哲司くんには奥さんがいる。
 細身で別嬪さんの、看護婦だと聞いた。
 そんな人がいるのに、わたしなんかを……。
 考えるだけで僭越すぎる」

   首を振り、気持ちを切り替える雅代。


◇哲司に送られて

〇駅~寮へ向かう道  ・ 夜

   汽車を降りた後、哲司と並んで歩く雅代。
   街灯がちらほら灯る夜道。

雅代(N)
「幼馴染というだけで、こうして気にかけてもらえる。
 たとえ妻子があろうと、そのやさしさは心丈夫で、やはり
 うれしいものだ」

   2人の後ろ姿が夜闇に消えていく。

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