夢境にて
草木も眠る丑三つ時。
草も木も無い世界だけれど、眠るべき時間なのは同じであるはずなのに。
「眠れない……」
アルトと就寝の挨拶をしてから数時間。
最初の内こそ、図書館から持ち出してきた本を読みながらのんびり夜更かししようとしていたけれど、それでも日付が変わるころには大人しくベッドに入って目を瞑っていたというのに。
数時間経っても訪れる気配すらない眠気に、これはもうどうしようもないと諦めて、私はベッドを抜け出した。
眠れない夜なら、眠らなくても良いじゃない。
とはいえ、アルトがいないこの空間でどこまで自由に動き回っても良いものかわからず、とりあえずアルトと最後に出会ったリビングへと向かう。
持ってきた本の続きを読んだっていいし、飽きたらテレビをつけたっていい。
まだまだ長い夜をどう楽しもうかとうきうきしていると。
「あれ、アルト?」
リビングのソファ……私が昨日アルトを見た位置と全く同じ場所に、まだアルトが座っていた。
私に早く眠れと言っておいて、アルト自身が夜更かしするとはどういうこと? なんて文句を言おうと近づくと、俯いているアルトはどうやら目を閉じているようで。
「アルト、寝るならベッドで……」
傍らに読みかけの本が置いてあるし、きっと寝落ちしてしまったのだろう。
普段しっかりしているアルトの意外な一面に頬が緩むも、座ったままでは疲れが取れるはずもない。
一度起こして移動させようと、アルトの目の前にしゃがみこんで声を掛けようとしたところで、アルトの表情が普段よりずっと険しいことに気がついた。
「アルト?」
眉間に皺を寄せ、心なしか息が荒いような気がする。
私が覗き込んでも目を開けないということは、寝ていることは間違いないのだろうけれど、これは。
「アルト!」
「……っ」
肩に手を置き、軽く揺さぶりながら声を上げると、アルトの目がカッと勢いよく開かれる。
ここがどこか確かめるようにきょろりと周囲を見回したアルトは、思わず少し後ずさってしまっていた私を認識すると、「先生……?」と恐る恐る私を呼んだ。
「起きた?」
「ああ……」
一度視線を落としたアルトは、「夢が」と呟き、頭を左右に緩く振った。
「良くない夢?」
「……いつも通りの夢だ」
いつも通りといえば、アルトが以前打ち明けてくれた夢のことだろうか。
何度も見る、まるでメッセージ性があるかのようなそれに怯えていたのは、そう昔の話ではなく。
内容は確か、大切な人たちがいなくなってしまうという、アルトにとっては夢とは思えない夢だったはず。
「ということは、今日のアルトは、起きて一番に私に会えて最高ってこと?」
「……は?」
きょとん、とした顔で見返され、だってそうでしょ、と少しだけ胸を張ってみせる。
「夢でいなくなった私と朝一で会えたんだよ。これ以上の最速はないんだし、とんでもなく贅沢なことじゃない?」
「……」
「あれ? もしかして、私ってアルトの夢の中でも、ちゃんと生きてたりする?」
そういえば、アルトは大切な人がいなくなる夢とは言っていたけれど、私もいなくなるとは言っていなかったかもしれない。
ということは、アルトにとっての私って、大切な人枠に入ってないってことになるけれど……。
でも、夢の中のアルトの隣に私がいるなら、それで少しでもアルトの寂しさを紛らわせることが出来るのなら、それでも良いな、とまで考えたところで、「そうだな」とアルトが頷いた。
「起きてすぐ先生の顔が見られて、幸せだ」
そのまま綻ぶように微笑んだアルトの顔色は、目覚めた直後の青ざめたものより随分ましになっていて。
そんなに元気になってくれるなら、この空間から脱出した後も、どうにかして魘された直後の寝起きのアルトとコンタクトが取れるようにした方が良いかもしれない。
「……だが先生、訂正と質問がひとつずつあるんだが、聞いてくれるか?」
まずは北斗さんに相談かなぁと実現のためのステップを思い浮かべていると、視線を鋭く尖らせたアルトが少しだけ声を低めたものだから、思わず私も身構える。
「何?」
「まず午前3時は朝一ではないというのが訂正のひとつ」
「言葉の綾ってやつだよ。日付は変わってるんだから、朝と言っても差し支えないと思うな」
「先生に深夜という概念はないのか?」
「夜が深まると朝だよね」
「深まった後に朝が来るんだ……まぁ良い。で、質問だが……まさかこの時間まで夜更かしをしていたわけじゃないだろうな?」
「そんな訳ないよ。たまたま目が覚めちゃっただけ」
「先生は嘘がわかりやすいな」
心底呆れているかのようなじっとりとした視線を向けられるのは、本日何度目かもう数えられないけれど、どれも私が悪いわけではない。
……ない、はずだ。
はずだから、視線を逸らして聞かなかったふりをした。
「私は偶然目が覚めちゃったからしばらく起きてるけど、アルトはもう寝る?」
「……いや、俺も目が覚めた」
「本当? 私、今から防音室でひとりカラオケ大会しようと思ってたんだけど、よかったら参加しない?」
「随分元気だが、寝起きの設定を忘れたのか?」
「朝に強い体質なの」
「初耳だ」
そう言いながらも、付き合おう、と立ち上がったアルトは、案外乗り気だったようで。
――翌朝。
「……君たち?」
「……すまない」
「楽しくって、つい……」
北斗さんから連絡が入る直前まで大盛り上がりで歌い続けた私たちは、枯れ切った喉で北斗さんと対面することになり。
氷点下の視線を前に、全力の反省スタイルで許しを請うしか道はなかった。
この世界でも、喉が枯れるって知ってたら、もっと気を付けていたんだけどな。
草も木も無い世界だけれど、眠るべき時間なのは同じであるはずなのに。
「眠れない……」
アルトと就寝の挨拶をしてから数時間。
最初の内こそ、図書館から持ち出してきた本を読みながらのんびり夜更かししようとしていたけれど、それでも日付が変わるころには大人しくベッドに入って目を瞑っていたというのに。
数時間経っても訪れる気配すらない眠気に、これはもうどうしようもないと諦めて、私はベッドを抜け出した。
眠れない夜なら、眠らなくても良いじゃない。
とはいえ、アルトがいないこの空間でどこまで自由に動き回っても良いものかわからず、とりあえずアルトと最後に出会ったリビングへと向かう。
持ってきた本の続きを読んだっていいし、飽きたらテレビをつけたっていい。
まだまだ長い夜をどう楽しもうかとうきうきしていると。
「あれ、アルト?」
リビングのソファ……私が昨日アルトを見た位置と全く同じ場所に、まだアルトが座っていた。
私に早く眠れと言っておいて、アルト自身が夜更かしするとはどういうこと? なんて文句を言おうと近づくと、俯いているアルトはどうやら目を閉じているようで。
「アルト、寝るならベッドで……」
傍らに読みかけの本が置いてあるし、きっと寝落ちしてしまったのだろう。
普段しっかりしているアルトの意外な一面に頬が緩むも、座ったままでは疲れが取れるはずもない。
一度起こして移動させようと、アルトの目の前にしゃがみこんで声を掛けようとしたところで、アルトの表情が普段よりずっと険しいことに気がついた。
「アルト?」
眉間に皺を寄せ、心なしか息が荒いような気がする。
私が覗き込んでも目を開けないということは、寝ていることは間違いないのだろうけれど、これは。
「アルト!」
「……っ」
肩に手を置き、軽く揺さぶりながら声を上げると、アルトの目がカッと勢いよく開かれる。
ここがどこか確かめるようにきょろりと周囲を見回したアルトは、思わず少し後ずさってしまっていた私を認識すると、「先生……?」と恐る恐る私を呼んだ。
「起きた?」
「ああ……」
一度視線を落としたアルトは、「夢が」と呟き、頭を左右に緩く振った。
「良くない夢?」
「……いつも通りの夢だ」
いつも通りといえば、アルトが以前打ち明けてくれた夢のことだろうか。
何度も見る、まるでメッセージ性があるかのようなそれに怯えていたのは、そう昔の話ではなく。
内容は確か、大切な人たちがいなくなってしまうという、アルトにとっては夢とは思えない夢だったはず。
「ということは、今日のアルトは、起きて一番に私に会えて最高ってこと?」
「……は?」
きょとん、とした顔で見返され、だってそうでしょ、と少しだけ胸を張ってみせる。
「夢でいなくなった私と朝一で会えたんだよ。これ以上の最速はないんだし、とんでもなく贅沢なことじゃない?」
「……」
「あれ? もしかして、私ってアルトの夢の中でも、ちゃんと生きてたりする?」
そういえば、アルトは大切な人がいなくなる夢とは言っていたけれど、私もいなくなるとは言っていなかったかもしれない。
ということは、アルトにとっての私って、大切な人枠に入ってないってことになるけれど……。
でも、夢の中のアルトの隣に私がいるなら、それで少しでもアルトの寂しさを紛らわせることが出来るのなら、それでも良いな、とまで考えたところで、「そうだな」とアルトが頷いた。
「起きてすぐ先生の顔が見られて、幸せだ」
そのまま綻ぶように微笑んだアルトの顔色は、目覚めた直後の青ざめたものより随分ましになっていて。
そんなに元気になってくれるなら、この空間から脱出した後も、どうにかして魘された直後の寝起きのアルトとコンタクトが取れるようにした方が良いかもしれない。
「……だが先生、訂正と質問がひとつずつあるんだが、聞いてくれるか?」
まずは北斗さんに相談かなぁと実現のためのステップを思い浮かべていると、視線を鋭く尖らせたアルトが少しだけ声を低めたものだから、思わず私も身構える。
「何?」
「まず午前3時は朝一ではないというのが訂正のひとつ」
「言葉の綾ってやつだよ。日付は変わってるんだから、朝と言っても差し支えないと思うな」
「先生に深夜という概念はないのか?」
「夜が深まると朝だよね」
「深まった後に朝が来るんだ……まぁ良い。で、質問だが……まさかこの時間まで夜更かしをしていたわけじゃないだろうな?」
「そんな訳ないよ。たまたま目が覚めちゃっただけ」
「先生は嘘がわかりやすいな」
心底呆れているかのようなじっとりとした視線を向けられるのは、本日何度目かもう数えられないけれど、どれも私が悪いわけではない。
……ない、はずだ。
はずだから、視線を逸らして聞かなかったふりをした。
「私は偶然目が覚めちゃったからしばらく起きてるけど、アルトはもう寝る?」
「……いや、俺も目が覚めた」
「本当? 私、今から防音室でひとりカラオケ大会しようと思ってたんだけど、よかったら参加しない?」
「随分元気だが、寝起きの設定を忘れたのか?」
「朝に強い体質なの」
「初耳だ」
そう言いながらも、付き合おう、と立ち上がったアルトは、案外乗り気だったようで。
――翌朝。
「……君たち?」
「……すまない」
「楽しくって、つい……」
北斗さんから連絡が入る直前まで大盛り上がりで歌い続けた私たちは、枯れ切った喉で北斗さんと対面することになり。
氷点下の視線を前に、全力の反省スタイルで許しを請うしか道はなかった。
この世界でも、喉が枯れるって知ってたら、もっと気を付けていたんだけどな。