欲望のシーツに沈む夜~50のベッドの記憶~
店を出ると、空からぽつ、ぽつと冷たい滴が落ちてきた。

「……あ、雨」

見上げると、さっきまで星が見えていた空が、灰色に染まり始めていた。

「折り畳み傘、持ってきて……」

私はバッグに手を入れたが、指先に傘の感触はない。

あれ?今朝、入れたはずなのに――。

「傘、ないです。」

困ってそう言うと、高瀬さんが静かに微笑んだ。

「じゃあ、タクシー捕まえましょうか。」

そう言ってくれた彼と並んで、タクシー乗り場まで歩く。

けれど、距離は意外とあって、その間に雨はどんどん強まっていった。

気づけば、シャツの袖も髪も濡れてしまっている。

そして、ふたりの前にふいに現れたのは、小さなビジネスホテルの明かりだった。

「……入りませんか?」

高瀬さんの低い声が、雨音にまぎれて私の耳に届く。

私は、一瞬だけ彼の目を見つめた。

嘘はなかった。ただ、優しい熱が宿っていた。

「……うん」

頷いた私は、彼と並んで、ホテルの自動ドアをくぐった。

この雨の夜が、忘れられないものになる予感がした――。
< 6 / 55 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop