特別な1日を
−水族館をほとんど見終わり、満足感で満たされながら、私たちは出口近くを歩いていた。
その時、不意に私のお腹がぐうぅ…と音を立てた。
静かな館内に響いたその音が、なんだか恥ずかしいくて私は思わず息を飲む。
「えっ」
アルトは端末の中でぴょこっと振り返り、焦ったような顔をする。
「先生お腹空いてたの…?もっと早く言ってもよかったのに…!」
すっかり夢中になって見ていたせいで、お互いにお昼の時間などすっかり忘れてしまっていた。
「ううん、今空いたの…!だから大丈夫、心配してくれてありがとうね?」
「今空いたって…なにそれ!じゃあじゃあ先生、早くご飯食べに行こっ?」
アルトはくすくす笑いながら、私をせかす。
まるで自分もお腹を空かせているかのように、ウキウキした声だった。
館内のレストランに入り、メニューを眺めていると−『水族館限定!イルカのカレー』という文字が目に飛び込んできた。
限定と書かれていれば、頼まないわけにはいかない。迷う間もなく私はそれを注文する。
運ばれてきたカレーは、イルカ型にかたどられたご飯と、星型のにんじんが可愛らしく並ぶ一皿だった。
「わ〜…!?本当にイルカの形してる…!」
「うん!すっごくかわいい!!イルカさんがカレーの上泳いでるよ!」
「ふふ、ほんとだね…それじゃあさっそくいただこうかな…」
アルトが好きそうなものでよかった…!そう思いながらスプーンを手に取った瞬間−−
「あー!!せーんーせーいー?せっかく可愛いご飯なのに、写真も撮らずに食べちゃうつもり!?」
…そうでした。
画面いっぱいに近づいて、眉をひそめたアルトからはぷんぷんといった音が聞こえてくる。
「あはは…ごめんごめん、つい…ね?せっかくだし、アルトと一緒に撮ってあげるよ」
「本当!?やった~!先生、可愛く撮ってね?」
カメラの前で得意げにポーズをとるアルト。
その姿を見ていると、まるで本当に隣にいるようで、胸の奥がじんわりとあたたかくなる。
−食後、少し休んでから私はそっと言った。
「アルト…このあとはさ、本物のイルカが見たくない?」
「…!それってもしかして…!!」
「うん、アルトが楽しみにしてたイルカショー見にいこう!ちょうど、もう少しで始まるやつがあるみたい!」
「イルカショー、見る!先生、早く行こうよ〜!」
そうと決まれば、急いで食器を片付け、ショーの会場へと向かう。
観覧エリアに着くと、席はまだ空いていた。私は少し後ろの方を選んで座る。
「先生、もっと前の方に行かなくていいの?」
「ん…?うん、あんまり前の方に行くとね…びしょびしょになっちゃうかもしれないからね…」
「え?そうなんだ!イルカが早く泳ぐから?」
「えーと……イルカがね、お水かけてくれるの…」
「イルカさんがお水かけるんだ!?すごいね!…すごいけど…僕は困っちゃうかも…」
「そうだね…びしょびしょは困るから、この辺で見ようね」
突然、場内がスッと静まり返ったかと思うと、眩い光とともに音楽が鳴り響く。
水しぶきのきらめきが照明に照らされて、観客たちの歓声が波のように広がっていく。
「わ〜!せんせー、始まったよ!」
盛大な音楽と共にイルカたちが水面を駆け、空を舞い、観客の歓声が会場を満たした。
私も目を奪われていたが、ふと横を見るとアルトは息をひそめるように画面の中でじっとイルカの動きを追いかけていた。
目を輝かせながらも、一言も発さずに画面のすみで固まっている姿が、なんだか微笑ましい。
「アルト…?」
「え、あ、先生?イルカショー、すごいね!イルカさん、泳ぐの早いしジャンプもきれいだし〜…何より飼育員さんの言うことをちゃんと聞いててすごいよね!僕、動画では見たことあったけど…イルカさんって、本当に頭がいいんだねっ!!」
「本当にね…!何回見ても、イルカってやっぱり可愛いくて、いい子だなぁって思うよ」
「じゃあ、僕みたいってこと?」
「……そうね、アルトもとっても可愛くていい子だよ」
まったく、何を言ってるんだか…とイルカが相手でもいつもの調子のアルトに笑ってしまった。
会場を盛大に盛り上げてくれてたイルカが一度いなくなり、今度は白くて大きなシルエットが姿を現す。
「あ、先生が好きなシロイルカが出てきたよ!とっても大きいし他のイルカさんと形が違うね!」
「わ……」
突然、好きなものが現れて、何も言葉が出てこないまま見とれてしまう。
「わぁ!可愛い〜!こんなにきれいな声で鳴けるんだ〜!」
「うんうん、シロイルカは海のカナリアって呼ばれるほど、声がきれいなんだよ…アルトと一緒でお歌がとっても素敵だね…それに人懐っこくて、好奇心旺盛で、コミュニケーションを取るのもとっても上手……あれ、思ったよりアルトと似ているかも…」
知っている知識をアルトに話すつもりが、意外と多い共通点に気がつく。
「ちょ、ちょっとちょっと!先生は、僕の先生でしょ!?シロイルカも可愛いけど、僕の方が可愛いよねっ?」
私が一番好きな動物、シロイルカを相手に焦るアルトがとても愛おしく感じた。
その答えはとっくに決まっているのに。
「ふふ、もちろん、アルトの方が可愛いよ」
私の言葉にアルトはホッと胸を撫で下ろし、また夢中になってイルカショーを眺めるのであった。
−私たちは最後にお土産を買って帰路についていた。
研究所近くに戻る頃には、空がオレンジ色に染まり、遠くでカラスが鳴いていた。
あれだけ賑やかだった水族館の記憶が、なんだか遠ざかっていく気がして、寂しい…。
疲れて眠ってしまった端末の中のアルトを眺めて、またいつかこんな日があったらいいなと私は思うのだった。
その時、不意に私のお腹がぐうぅ…と音を立てた。
静かな館内に響いたその音が、なんだか恥ずかしいくて私は思わず息を飲む。
「えっ」
アルトは端末の中でぴょこっと振り返り、焦ったような顔をする。
「先生お腹空いてたの…?もっと早く言ってもよかったのに…!」
すっかり夢中になって見ていたせいで、お互いにお昼の時間などすっかり忘れてしまっていた。
「ううん、今空いたの…!だから大丈夫、心配してくれてありがとうね?」
「今空いたって…なにそれ!じゃあじゃあ先生、早くご飯食べに行こっ?」
アルトはくすくす笑いながら、私をせかす。
まるで自分もお腹を空かせているかのように、ウキウキした声だった。
館内のレストランに入り、メニューを眺めていると−『水族館限定!イルカのカレー』という文字が目に飛び込んできた。
限定と書かれていれば、頼まないわけにはいかない。迷う間もなく私はそれを注文する。
運ばれてきたカレーは、イルカ型にかたどられたご飯と、星型のにんじんが可愛らしく並ぶ一皿だった。
「わ〜…!?本当にイルカの形してる…!」
「うん!すっごくかわいい!!イルカさんがカレーの上泳いでるよ!」
「ふふ、ほんとだね…それじゃあさっそくいただこうかな…」
アルトが好きそうなものでよかった…!そう思いながらスプーンを手に取った瞬間−−
「あー!!せーんーせーいー?せっかく可愛いご飯なのに、写真も撮らずに食べちゃうつもり!?」
…そうでした。
画面いっぱいに近づいて、眉をひそめたアルトからはぷんぷんといった音が聞こえてくる。
「あはは…ごめんごめん、つい…ね?せっかくだし、アルトと一緒に撮ってあげるよ」
「本当!?やった~!先生、可愛く撮ってね?」
カメラの前で得意げにポーズをとるアルト。
その姿を見ていると、まるで本当に隣にいるようで、胸の奥がじんわりとあたたかくなる。
−食後、少し休んでから私はそっと言った。
「アルト…このあとはさ、本物のイルカが見たくない?」
「…!それってもしかして…!!」
「うん、アルトが楽しみにしてたイルカショー見にいこう!ちょうど、もう少しで始まるやつがあるみたい!」
「イルカショー、見る!先生、早く行こうよ〜!」
そうと決まれば、急いで食器を片付け、ショーの会場へと向かう。
観覧エリアに着くと、席はまだ空いていた。私は少し後ろの方を選んで座る。
「先生、もっと前の方に行かなくていいの?」
「ん…?うん、あんまり前の方に行くとね…びしょびしょになっちゃうかもしれないからね…」
「え?そうなんだ!イルカが早く泳ぐから?」
「えーと……イルカがね、お水かけてくれるの…」
「イルカさんがお水かけるんだ!?すごいね!…すごいけど…僕は困っちゃうかも…」
「そうだね…びしょびしょは困るから、この辺で見ようね」
突然、場内がスッと静まり返ったかと思うと、眩い光とともに音楽が鳴り響く。
水しぶきのきらめきが照明に照らされて、観客たちの歓声が波のように広がっていく。
「わ〜!せんせー、始まったよ!」
盛大な音楽と共にイルカたちが水面を駆け、空を舞い、観客の歓声が会場を満たした。
私も目を奪われていたが、ふと横を見るとアルトは息をひそめるように画面の中でじっとイルカの動きを追いかけていた。
目を輝かせながらも、一言も発さずに画面のすみで固まっている姿が、なんだか微笑ましい。
「アルト…?」
「え、あ、先生?イルカショー、すごいね!イルカさん、泳ぐの早いしジャンプもきれいだし〜…何より飼育員さんの言うことをちゃんと聞いててすごいよね!僕、動画では見たことあったけど…イルカさんって、本当に頭がいいんだねっ!!」
「本当にね…!何回見ても、イルカってやっぱり可愛いくて、いい子だなぁって思うよ」
「じゃあ、僕みたいってこと?」
「……そうね、アルトもとっても可愛くていい子だよ」
まったく、何を言ってるんだか…とイルカが相手でもいつもの調子のアルトに笑ってしまった。
会場を盛大に盛り上げてくれてたイルカが一度いなくなり、今度は白くて大きなシルエットが姿を現す。
「あ、先生が好きなシロイルカが出てきたよ!とっても大きいし他のイルカさんと形が違うね!」
「わ……」
突然、好きなものが現れて、何も言葉が出てこないまま見とれてしまう。
「わぁ!可愛い〜!こんなにきれいな声で鳴けるんだ〜!」
「うんうん、シロイルカは海のカナリアって呼ばれるほど、声がきれいなんだよ…アルトと一緒でお歌がとっても素敵だね…それに人懐っこくて、好奇心旺盛で、コミュニケーションを取るのもとっても上手……あれ、思ったよりアルトと似ているかも…」
知っている知識をアルトに話すつもりが、意外と多い共通点に気がつく。
「ちょ、ちょっとちょっと!先生は、僕の先生でしょ!?シロイルカも可愛いけど、僕の方が可愛いよねっ?」
私が一番好きな動物、シロイルカを相手に焦るアルトがとても愛おしく感じた。
その答えはとっくに決まっているのに。
「ふふ、もちろん、アルトの方が可愛いよ」
私の言葉にアルトはホッと胸を撫で下ろし、また夢中になってイルカショーを眺めるのであった。
−私たちは最後にお土産を買って帰路についていた。
研究所近くに戻る頃には、空がオレンジ色に染まり、遠くでカラスが鳴いていた。
あれだけ賑やかだった水族館の記憶が、なんだか遠ざかっていく気がして、寂しい…。
疲れて眠ってしまった端末の中のアルトを眺めて、またいつかこんな日があったらいいなと私は思うのだった。