愛しのマイガール

振り向くと、少し離れた場所に翔真さんが立っていた。スーツ姿。どこか緩んだネクタイと、ポケットに突っ込まれた片手が、彼らしい。

けれど相変わらずその顔色は、はっきりとわかるくらいに悪かった。

(翔真さんが、なんでここに…)

口に出しかけた疑問は、胸の奥に引っかかったまま、言葉にならなかった。

翔真さんはまるで“たまたま通りかかっただけ”のような顔をしていた。けれど、その目は違った。

どこか探るような、試すような光が、静かにこちらを射抜いていた。

「……どうして、ここに?」

やっとの思いでそう訊ねると、翔真さんは軽く肩をすくめた。

「……別に。《《九条の》》人間が月城の会社に来たって、何もおかしくないだろ?…元々、俺たちとは別次元の世界の奴らなんだから」

その笑顔の裏に、言いようのない何かがにじんでいた。翔真さんはポケットに入れていた片手を出し、髪をかきあげるように乱暴に撫でた。

「……本当に、災難だよな」

ぽつりと落とされた言葉に、私は息を呑む。

「頭のおかしい女にたまたま気に入られて、何を言われても笑って頷くしかない。どこに住めって言われても、どこで働けって言われても、『はい』しか言えない。……それが“選ばれた”ってことらしいよ」

淡々としているのに、言葉の奥にじくじくとした怨念のような熱が滲んでいた。

「わかるか?あいつの中じゃ、俺は単なる“所有物”なんだよ。気まぐれで撫でられて、飽きたら切り捨てられる、ただの飾り。……でも、周りも、家の連中も気付かない。“すごい人に見初められた”とか言ってさ、勝手に婚約までして、人の首に勝手に首輪を締め付けてくる」

そこまで言ったあと、翔真さんはふっと鼻で笑った。

「……瑠璃はいいよな。無力でも、誰かに助けられて、守られて、そのくせ自分はずっと“まっすぐで正しい”って顔していられる」

その言い方に、思わず胸がざわついた。

「翔真さ──」

呼びかけようとしたけれど、翔真さんはそれを遮るように一歩、こちらに近づいた。
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