愛しのマイガール

「今日は本当に“ご挨拶”だけのつもりだったの。……だけど、なぜかしら。あなたの顔を見たら、気が変わったわ」

薫子さんは微笑みを保ったまま、紅茶に指先を添えてひとくち啜る。白磁のカップが受け皿に戻される音が、やけに冷たく響いた。

顔を上げた時、その顔からは微笑みが消えていた。
冷たい、まっすぐな視線。仮面の奥にあった本性が、ようやくその正体を現したようだった。

「……あなたさえいなければ、何もかも上手くいっていたの」

低く、抑えた声だった。それでもその一言は硝子のように鋭く、胸を裂くような破壊力を持っていた。

「身の丈に合わないものを手に入れようとするから、苦しむのよ。ねえ、瑠璃さん。あなた、何か勘違いしてるんじゃなくて?」

私は一瞬、言葉を失った。けれど薫子さんは構わず、容赦のない言葉を続ける。

「翔真さんの件、あなたは被害者のつもりかもしれないけれど……」

ふっと唇に笑みを浮かべた。

「彼ね、今でもあなたのことを気にしてるの。私に隠れて、未練がましく」

「……っ」

「滑稽だと思わない?あの人も、月城巴琉も——こんな女に心を奪われるなんて」

距離は縮まっていないのに、押し潰されそうな圧力だけが、私の身体にのしかかった。

「だからね、瑠璃さん。あなたは自分の罪を思い知らないといけないと思うの。……私の平穏を脅かした以上……“それなりの方法”を取らせていただくわ」

まるで虫でも払うように、彼女は吐き捨てた。
それはもう、“挨拶”でも、“牽制”でもなかった。

——宣戦布告だった。

「それじゃあ、失礼するわね」

足音も軽やかに、薫子さんは扉を開け、何事もなかったかのように去っていった。その背中に、私は指先ひとつ動かせなかった。

背筋に走る冷たい感触と、微かに震える指先。

けれど、私は目を逸らさなかった。これが「覚悟」だというのなら、私はそれを飲み込むしかないのだから。
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