愛しのマイガール
シャンパンを飲み干して、私たちはカフェバーを後にした。
夜風が心地よく吹いていて、私と翔真さんは並んで川沿いの遊歩道を歩いた。人気の少ない道にぽつぽつとベンチが並び、街灯の明かりが桜の枝をやさしく照らしている。
そんな風景の中、ふいに翔真さんが声をかけてきた。
「そういえばここ、前に一緒に歩いたの覚えてる?」
懐かしそうに微笑む彼に、私は小さく頷く。
「もちろん。付き合ってすぐの春に、夜桜を見に来たよね。まだちょっと寒くて、翔真さんがマフラー貸してくれた」
「そうそう、あの赤いやつ。付き合う前の冬にも、現場で瑠璃に貸したことあったよな」
「ふふっ、懐かしいね」
私が笑うと、翔真さんもどこか遠くを思い出すように笑った。
——あれは、私が読者モデルを始めたばかりの冬のことだった。
ストリートファッションの企画で、都内の路地裏を巡る屋外撮影。冷たい風が吹き抜けて、照明の光は鋭くて、笑顔を作るだけでも精一杯だった。
撮影の合間、寒さに肩をすくめていた私にふわりと音もなく巻かれたのが、赤いマフラーだった。
『冷えてるでしょ。風、強いし』
翔真さんのその一言に、胸の奥がじんわりあたたかくなったのを今でも覚えてる。体の芯まで冷えていたのに、不思議と寒さがやわらいだような気がした。
あの日、翔真さんは代理店の営業として現場に来ていた。
クライアント対応が主な仕事のはずなのに、スタッフにもモデルにも分け隔てなく声をかけてくれて、気づけば飲み物の差し入れまでしていた。
『帰り、駅まで送るよ』
打ち上げには参加せず、最後まで私たちのことを気にかけてくれていた。そのさりげない優しさが、静かに私の心に残った。
翔真さんは大手広告代理店の営業職。社内では“エース”と呼ばれていて、プレゼンにも現場にも強い人。仕事にも一切妥協がなくて、それでいてプライベートでは笑顔を絶やさない。
そのギャップに、私は自然と惹かれていったのだと思う。
恋の始まりは、あのマフラーのぬくもりだった。