愛しのマイガール
それから数分もしないうちに、ふと後ろから声がかけられた。
「失礼いたします。瑠璃様。お時間になりましたので、執務室へご案内いたします」
姿を見せたのは、使用人の石神さんだった。ハルちゃんが言っていた、信頼の厚い執事さんだ。
「……は、はい!お願いします」
思わず背筋を伸ばしながら軽く頭を下げると、石神さんは目元に柔らかな皺を寄せながら静かに先導してくれた。
案内されたのは応接とは別の、上階にある静かな一室。重厚な机の前に立っていたのは、清楚で凛とした空気をまとう女性だった。
年の頃は五十代前半くらい。すっきりとまとめられた髪と、所作のひとつひとつに宿る気品が、どこか懐かしくも温かい印象を与える。
「おはようございます、瑠璃様。本日より、婚約者教育を担当させていただきます石神英子と申します」
彼女の声は穏やかで落ち着いていて、それでいて芯のある響きだった。
「……石神、さん……?」
私が聞き返すと、隣に立っていた執事の石神さんが控えめに微笑んで答える。
「妻です。見た目より厳しいので、お覚悟を」
「あなた、余計な事は言わないでちょうだい」
英子さんが軽く目を細め、あきれたように言う。
「名字が紛らわしいので、どうぞ私のことは“英子”とお呼びください」
「は、はい!分かりました」
少し緊張気味に頭を下げると、石神さんが補足するように口を開いた。