宵の月、秘めたる契り―帝に愛された二人の女御―
「……それは、ありがたいことだ」

静かに、形式的に、それでいてほんの少しだけ柔らかく返す帝の声に、詠子は深く頭を下げた。

――誰かが、自分を想ってくれる。

それは、帝という孤高の存在にとって、皮肉なことに“嬉しい”と感じる瞬間でもあった。

だが同時に、心の奥底にはまだ綾子のぬくもりが残っていた。

その差を自分がどう埋めるのか、帝自身もまだ分かっていなかった。

「あの……」

御簾の向こうで、年若い妃――藤原詠子が、少しだけためらいを含んだ声で続けた。

その声音には、覚悟と恥じらいが交じっていた。

「私は、十五の折に……帝を拝見しております。」

帝・彰親は、思わず目を細めた。

「五年前のことか。」

「はい……」

五年前――自分はまだ二十歳。

皇太子ですらなく、ただの皇子の一人にすぎなかった頃だ。

それでも、宴や儀式の場には出ていたかもしれない。
< 38 / 65 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop