傲慢な世界よ、私が壊してあげるわ~公爵令嬢に転生したOLは悪の覇道を突き進む
第七章 征討編
第124話 女王の一言
腐敗した旧態依然のカッツー王国が滅び、クライナイン王国が産声を上げてから一年の歳月が流れた。
女王ミレーヌ・グラッセの治世は、冷徹なまでの合理性と圧倒的な武力によって、瞬く間に確固たる安定をみている。戦時のインフレは瞬く間に沈静化し、ミレーヌが発行した紙幣はクライナイン王国全域で流通していた。さらに、旧貴族から接収した広大な領地を国有化し、自作農へと貸し与えるという未曾有の農地改革。理不尽な重税から解放され、労働に見合った対価を手にした民衆のミレーヌを賛美する声は、日を追うごとに熱狂を帯びていた。
カッツー王国の首都は、「銀王冠」と改名されクライナイン王国の首都となった。旧王家を崩壊へと導いた『銀貨』と、女王の象徴たる『銀髪』を掛け合わせたものだと人々は噂した。
そのクーロンヌ・ダルジャンの中心にそびえる王宮の一室。磨き上げられたオーク材の長机には、新国家の屋台骨を担う重鎮たちが集っていた。室内に漂うのは、最高級の茶葉の香りと、商業庁長官ラウールの軽快な笑い声だ。
「いやはや、新しい都市計画もすっかり軌道に乗りましてな……」
ラウールが身振り手振りを加えて語っていると、重厚な扉が静かに開いた。見事な顎鬚を蓄えた武骨な中年男性が姿を現す。王国の両翼と称される大将、ジャック・レルネだ。
彼は歴戦の将らしい隙のない足取りで進み、テーブルの上座近くの席に腰を下ろした。だが、玉座から最も近い最奥の席とその向かいは、未だ空いたままである。
「レベッカは?」
ジャックが低い声で短く尋ねる。宰相である彼女を呼び捨てにできる者は、この国に数えるほどしかいない。
「宰相閣下は、陛下と事前にお話をされているようです」
即座に澄んだ声で答えたのは、財務庁長官のカイン。まだ三十手前の彼は、この重鎮揃いの会議において最も若い。しかし、その怜悧な瞳には、国家の膨大な財政を回す者としての揺るぎない自信が宿っていた。
ジャックが短く頷いた直後、廊下から騒々しい足音が響いてくる。
「だから、なんであんたがそれを知ってるのさ!」
甲高い女性の怒声とともに、扉が乱暴に開かれた。前を歩くのは、もう一人の大将であるゲオルク・グラック。その後ろから、燃えるような紅い髪を揺らし、義賊のリナ・オハナが噛み付くように追従してくる。
「別にいいだろ。たまたま耳に入っただけだ」
「アタシのことつけまわしてるんだろ! このスケベ!」
「あばずれには興味ないね。自意識過剰じゃないのか?」
やれやれと首を振るゲオルクに、リナはさらに顔を赤くして怒り狂う。王国軍の最高幹部と、肩書きを持たない「女王の親友」による子供のような罵り合い。だが、会議室に集う面々は誰も驚かない。旧公爵家時代から続く、見慣れた日常風景だからだ。
ゲオルクが涼しい顔でジャックの隣に腰を下ろすと、リナは「スケベ中年!」と最後の悪態を吐き捨てる。そして、彼女は迷うことなく、右手最奥の女王が座るすぐ隣の席にどかりと腰を下ろした。
本来ならば、序列からいえばジャックや宰相が座るべき特等席。しかし、彼女がそこを占拠するのは公爵家時代からのしきたりとなっており、誰も文句を言う者はいない。
やがて、凛とした足音とともに、宰相レベッカ・リカールが颯爽と入室してきた。金糸のような髪をきっちりと結い上げ、隙のない執務服に身を包んだ彼女は、冷たい美しさを放っている。彼女は、いつものようにリナの向かいに座った。
「陛下は?」
ジャックが問いかけると、レベッカは手元の書類から視線を上げずに答えた。
「今、いらっしゃるかと」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、重い扉が両側から大きく開け放たれた。
「ミレーヌ女王陛下、ご入室!」
近衛将軍フィデールの野太く高らかな声が、部屋の空気を一変させる。先程までの弛緩した空気は一瞬にして消え去り、極度の緊張感が場を支配した。リナとゲオルク以外の全員が弾かれたように立ち上がり、ゲオルクは少し遅れて立つ。そして、一同深々と頭を下げる。もちろんリナは座ったままである。
静寂の中、硬質な靴音だけが響く。紺と白を基調とした軍服風のドレスに身を包み、プラチナブロンドの髪を揺らし、銀髪の女王が姿を現した。その後ろには、忠犬のようにフィデールが付き従っている。
ミレーヌは感情を一切読ませないアイスブルーの瞳で、居並ぶ家臣たちを一瞥した。部屋の温度が数度下がったかのような、圧倒的な威圧感。彼女がゆっくりと上座に腰を下ろすと、全員が一斉に着席する。
誰もが、新たな内政の報告か、統治に関する指示を予期して息を潜めていた。ミレーヌは、優雅な所作で肘掛けに腕を置き、細く白い指を組む。静寂が張り詰める中、彼女は少しだけ口角を吊り上げ、淡々とした声で宣言した。
「バニア皇国を滅ぼすことにしたわ」
その唐突な一言が、新たな血塗られた覇道の幕開けであることを、居並ぶ者たちは瞬時に理解した。
女王ミレーヌ・グラッセの治世は、冷徹なまでの合理性と圧倒的な武力によって、瞬く間に確固たる安定をみている。戦時のインフレは瞬く間に沈静化し、ミレーヌが発行した紙幣はクライナイン王国全域で流通していた。さらに、旧貴族から接収した広大な領地を国有化し、自作農へと貸し与えるという未曾有の農地改革。理不尽な重税から解放され、労働に見合った対価を手にした民衆のミレーヌを賛美する声は、日を追うごとに熱狂を帯びていた。
カッツー王国の首都は、「銀王冠」と改名されクライナイン王国の首都となった。旧王家を崩壊へと導いた『銀貨』と、女王の象徴たる『銀髪』を掛け合わせたものだと人々は噂した。
そのクーロンヌ・ダルジャンの中心にそびえる王宮の一室。磨き上げられたオーク材の長机には、新国家の屋台骨を担う重鎮たちが集っていた。室内に漂うのは、最高級の茶葉の香りと、商業庁長官ラウールの軽快な笑い声だ。
「いやはや、新しい都市計画もすっかり軌道に乗りましてな……」
ラウールが身振り手振りを加えて語っていると、重厚な扉が静かに開いた。見事な顎鬚を蓄えた武骨な中年男性が姿を現す。王国の両翼と称される大将、ジャック・レルネだ。
彼は歴戦の将らしい隙のない足取りで進み、テーブルの上座近くの席に腰を下ろした。だが、玉座から最も近い最奥の席とその向かいは、未だ空いたままである。
「レベッカは?」
ジャックが低い声で短く尋ねる。宰相である彼女を呼び捨てにできる者は、この国に数えるほどしかいない。
「宰相閣下は、陛下と事前にお話をされているようです」
即座に澄んだ声で答えたのは、財務庁長官のカイン。まだ三十手前の彼は、この重鎮揃いの会議において最も若い。しかし、その怜悧な瞳には、国家の膨大な財政を回す者としての揺るぎない自信が宿っていた。
ジャックが短く頷いた直後、廊下から騒々しい足音が響いてくる。
「だから、なんであんたがそれを知ってるのさ!」
甲高い女性の怒声とともに、扉が乱暴に開かれた。前を歩くのは、もう一人の大将であるゲオルク・グラック。その後ろから、燃えるような紅い髪を揺らし、義賊のリナ・オハナが噛み付くように追従してくる。
「別にいいだろ。たまたま耳に入っただけだ」
「アタシのことつけまわしてるんだろ! このスケベ!」
「あばずれには興味ないね。自意識過剰じゃないのか?」
やれやれと首を振るゲオルクに、リナはさらに顔を赤くして怒り狂う。王国軍の最高幹部と、肩書きを持たない「女王の親友」による子供のような罵り合い。だが、会議室に集う面々は誰も驚かない。旧公爵家時代から続く、見慣れた日常風景だからだ。
ゲオルクが涼しい顔でジャックの隣に腰を下ろすと、リナは「スケベ中年!」と最後の悪態を吐き捨てる。そして、彼女は迷うことなく、右手最奥の女王が座るすぐ隣の席にどかりと腰を下ろした。
本来ならば、序列からいえばジャックや宰相が座るべき特等席。しかし、彼女がそこを占拠するのは公爵家時代からのしきたりとなっており、誰も文句を言う者はいない。
やがて、凛とした足音とともに、宰相レベッカ・リカールが颯爽と入室してきた。金糸のような髪をきっちりと結い上げ、隙のない執務服に身を包んだ彼女は、冷たい美しさを放っている。彼女は、いつものようにリナの向かいに座った。
「陛下は?」
ジャックが問いかけると、レベッカは手元の書類から視線を上げずに答えた。
「今、いらっしゃるかと」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、重い扉が両側から大きく開け放たれた。
「ミレーヌ女王陛下、ご入室!」
近衛将軍フィデールの野太く高らかな声が、部屋の空気を一変させる。先程までの弛緩した空気は一瞬にして消え去り、極度の緊張感が場を支配した。リナとゲオルク以外の全員が弾かれたように立ち上がり、ゲオルクは少し遅れて立つ。そして、一同深々と頭を下げる。もちろんリナは座ったままである。
静寂の中、硬質な靴音だけが響く。紺と白を基調とした軍服風のドレスに身を包み、プラチナブロンドの髪を揺らし、銀髪の女王が姿を現した。その後ろには、忠犬のようにフィデールが付き従っている。
ミレーヌは感情を一切読ませないアイスブルーの瞳で、居並ぶ家臣たちを一瞥した。部屋の温度が数度下がったかのような、圧倒的な威圧感。彼女がゆっくりと上座に腰を下ろすと、全員が一斉に着席する。
誰もが、新たな内政の報告か、統治に関する指示を予期して息を潜めていた。ミレーヌは、優雅な所作で肘掛けに腕を置き、細く白い指を組む。静寂が張り詰める中、彼女は少しだけ口角を吊り上げ、淡々とした声で宣言した。
「バニア皇国を滅ぼすことにしたわ」
その唐突な一言が、新たな血塗られた覇道の幕開けであることを、居並ぶ者たちは瞬時に理解した。