傲慢な世界よ、私が壊してあげるわ~公爵令嬢に転生したOLは悪の覇道を突き進む
第143話 見えない火種
夏の終わりが近づき、王都クーロンヌ・ダルジャンの空にも微かな秋の気配が漂い始めていた。女王の執務室は、相変わらずユリのポプリの香りに満ちている。ミレーヌは、ジャック・レルネ大将からのバニア皇国征討完了の報告を、宰相レベッカ・リカールから受けていた。
「……以上がバニア皇国征討のご報告になります」
「まずはバニア全土の関所を解放し、物流を統一。それと、あの国で使われている金貨や銀貨はすべてクライナイン王国で流通している紙幣や銀貨と交換。旧硬貨は回収して。逆らう貴族は即座に討伐するようにジャックに命じて」
ミレーヌの指示は、いつものように澱みなく、そして冷徹だった。
「王の首を持ってきた貴族はどうしますか?」
「自分の野心のために主君を平然と売るような薄汚い輩など不要よ。そうね……生贄として公開処刑するように伝えて。『バニアの民が敬愛した王を殺した逆賊を、クライナイン王国が代わりに討ち果たした』という筋書きにするの。それを利用して民衆をうまく熱狂させる方法もちゃんと伝えておいて。ジャックはそういうの慣れてないから」
「承知いたしました」
レベッカは感情を排した声で応じると、不意に姿勢を正した。
「陛下、お願いがございます。私を旧バニア皇国領に赴任させてください」
ミレーヌは、微かに目を見開いた。広大な新領土の経営は、武を専としかつ実直なジャックには荷が重い。自分か、さもなくばレベッカのどちらかが赴任して、クライナインの統治システムを根付かせる必要があるとは考えていた。しかし、レベッカ自ら志願してくるとは想定外だった。
ミレーヌは目を閉じ、右手の人差し指で机を数回叩く。静かな執務室に、乾いた音が等間隔で響いた。数秒後、彼女は目を開き、レベッカを見据えた。
「落ち着くまで新領土の総督として赴任してもらうのは構わないけど、宰相職はどうするつもり?」
「財務庁長官のカインに代行させればよろしいかと。彼は柔軟な発想ができ、実務能力も十分です」
(カインね……。確かに彼なら実務は回せるでしょうけど、レベッカの代わりが務まるかしら? 駒が不足してるから致し方ないか……)
「わかったわ。手配を進めなさい」
「ありがとうございます」
その時、重厚な扉をノックする音が響いた。
「いいわよ」
ミレーヌが短く応じると、扉が開き、情報庁長官のマリユス・ピエールが入室してきた。元商人で裏稼業の人脈が広い彼は、国家の中枢にありながら、独自の飄々とした空気を纏っている。
「お忙しいところ失礼します。実は、帝国の動きで少しきな臭い情報が入りましたので」
「どんな情報かしら?」
ミレーヌは紅茶のカップを置き、マリユスに視線を向けた。
「帝国御用達の商人が、あまり交流のない国々を頻繁に行き来しているようです。それも、ほとんど商品を運んでいないとのことで、怪しいと思い調べてみたら、常に数人を運んでいました」
「どこの国と行き来しているか分かる?」
「はい、ラスカ王国、クムーラーナ共和国、フェラスレツ大公国、そしてサデーナ騎士団領です」
ミレーヌはそれを聞きながら目を瞑り、しばし黙り込んだ。深い思索の海から視線を戻すと、御前に控えるマリユスの額にはじっとりと汗が浮かんでいた。
彼女の御前に未だ慣れない彼にとって、この沈黙は長すぎたらしい。汗が一滴、彼の顎から床へと落ちるのを見届けたミレーヌは、静かに口を開いた。
「他には?」
「他ですか? 大した話はあまり上がってきませんね。例えば、皇帝の愛妾が二人増えたとか、宰相ヘルベルトが皇帝に異国人を推挙したとか」
「異国人?」
「はい、異国人の女で、顔に酷い火傷があるようです」
ミレーヌの思考が、一瞬だけ止まった。顔に酷い火傷がある女。
(異国人……女……火傷……いや、そんなはずはない……だけど……)
ミレーヌは、凍てついた蒼い瞳に鋭い光を宿し、マリユスに命じた。
「マリユス、その女、もっと詳しく調べて。些細なことでもいい。全てよ」
マリユスは、ミレーヌの放つただならぬ気配を察してか、普段の飄々とした態度を消し、深く頭を下げた。
「承知いたしました」
新たな火種が、見えないところで燻り始めていると確信したミレーヌは、紅茶を見つめながら、次なる盤面へと思考を巡らせ始めた。
「……以上がバニア皇国征討のご報告になります」
「まずはバニア全土の関所を解放し、物流を統一。それと、あの国で使われている金貨や銀貨はすべてクライナイン王国で流通している紙幣や銀貨と交換。旧硬貨は回収して。逆らう貴族は即座に討伐するようにジャックに命じて」
ミレーヌの指示は、いつものように澱みなく、そして冷徹だった。
「王の首を持ってきた貴族はどうしますか?」
「自分の野心のために主君を平然と売るような薄汚い輩など不要よ。そうね……生贄として公開処刑するように伝えて。『バニアの民が敬愛した王を殺した逆賊を、クライナイン王国が代わりに討ち果たした』という筋書きにするの。それを利用して民衆をうまく熱狂させる方法もちゃんと伝えておいて。ジャックはそういうの慣れてないから」
「承知いたしました」
レベッカは感情を排した声で応じると、不意に姿勢を正した。
「陛下、お願いがございます。私を旧バニア皇国領に赴任させてください」
ミレーヌは、微かに目を見開いた。広大な新領土の経営は、武を専としかつ実直なジャックには荷が重い。自分か、さもなくばレベッカのどちらかが赴任して、クライナインの統治システムを根付かせる必要があるとは考えていた。しかし、レベッカ自ら志願してくるとは想定外だった。
ミレーヌは目を閉じ、右手の人差し指で机を数回叩く。静かな執務室に、乾いた音が等間隔で響いた。数秒後、彼女は目を開き、レベッカを見据えた。
「落ち着くまで新領土の総督として赴任してもらうのは構わないけど、宰相職はどうするつもり?」
「財務庁長官のカインに代行させればよろしいかと。彼は柔軟な発想ができ、実務能力も十分です」
(カインね……。確かに彼なら実務は回せるでしょうけど、レベッカの代わりが務まるかしら? 駒が不足してるから致し方ないか……)
「わかったわ。手配を進めなさい」
「ありがとうございます」
その時、重厚な扉をノックする音が響いた。
「いいわよ」
ミレーヌが短く応じると、扉が開き、情報庁長官のマリユス・ピエールが入室してきた。元商人で裏稼業の人脈が広い彼は、国家の中枢にありながら、独自の飄々とした空気を纏っている。
「お忙しいところ失礼します。実は、帝国の動きで少しきな臭い情報が入りましたので」
「どんな情報かしら?」
ミレーヌは紅茶のカップを置き、マリユスに視線を向けた。
「帝国御用達の商人が、あまり交流のない国々を頻繁に行き来しているようです。それも、ほとんど商品を運んでいないとのことで、怪しいと思い調べてみたら、常に数人を運んでいました」
「どこの国と行き来しているか分かる?」
「はい、ラスカ王国、クムーラーナ共和国、フェラスレツ大公国、そしてサデーナ騎士団領です」
ミレーヌはそれを聞きながら目を瞑り、しばし黙り込んだ。深い思索の海から視線を戻すと、御前に控えるマリユスの額にはじっとりと汗が浮かんでいた。
彼女の御前に未だ慣れない彼にとって、この沈黙は長すぎたらしい。汗が一滴、彼の顎から床へと落ちるのを見届けたミレーヌは、静かに口を開いた。
「他には?」
「他ですか? 大した話はあまり上がってきませんね。例えば、皇帝の愛妾が二人増えたとか、宰相ヘルベルトが皇帝に異国人を推挙したとか」
「異国人?」
「はい、異国人の女で、顔に酷い火傷があるようです」
ミレーヌの思考が、一瞬だけ止まった。顔に酷い火傷がある女。
(異国人……女……火傷……いや、そんなはずはない……だけど……)
ミレーヌは、凍てついた蒼い瞳に鋭い光を宿し、マリユスに命じた。
「マリユス、その女、もっと詳しく調べて。些細なことでもいい。全てよ」
マリユスは、ミレーヌの放つただならぬ気配を察してか、普段の飄々とした態度を消し、深く頭を下げた。
「承知いたしました」
新たな火種が、見えないところで燻り始めていると確信したミレーヌは、紅茶を見つめながら、次なる盤面へと思考を巡らせ始めた。