影の妻、愛に咲く~明治の花嫁は、姉の代わりだったはずなのに~
「飲めるか?」

「……はい」

私は頷いた。

杯を交わすその瞬間、ただ形式だけの夫婦で終わるはずだった結婚が、ほんの少し、温度を帯びた気がした。

三々九度を終えた後、誠一郎さんはすぐに親族の輪の中へと囲まれていった。

「これで黒瀬家も安泰だな。」

「うむ、財閥の家にしてはずいぶん若いお嫁さんを迎えたもんだ。」

「三十五まで待った甲斐があったというものだ。」

(待った……甲斐?)

その言葉に、私はそっと首を傾けた。

――なぜ、三十五になるまで独りだったのか。

政略結婚であっても、彼ほどの男ならもっと早く縁談があってもおかしくないはずなのに。

(もしかして……本当に、私なんかよりもっとふさわしい人を、心のどこかで待っていたのだろうか)

そんな思いが胸を掠めたとき、ふいにふわりと優しい香りが近づいてきた。

「よく来てくれたわね。」

振り返ると、品のある年配の女性が、私ににこやかに微笑みかけていた。
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