影の妻、愛に咲く~明治の花嫁は、姉の代わりだったはずなのに~
「それは無理だ、誠一郎。」

お父様の声は冷たく、容赦がなかった。

「これは黒瀬家と高嶋家の婚儀だ。私達は“高嶋梨子”を、正式に嫁に貰ったんだ。 “梨沙さん”じゃない。」

静寂が応接室を包む。

私の心臓が、ドクンと大きな音を立てた。

「……でも、俺は梨沙を――」

誠一郎さんが、そっと私の肩を抱き寄せる。

その腕は、どこまでも優しかった。

「俺は、梨沙を愛しているんです。」

その言葉に、私は思わず息を呑んだ。

だめ。そんなことを言ったら――

「まだ分からないのか、誠一郎。」

お父様は重いため息をつき、厳しい目を向けた。

「婚儀は“契約”だ。 家と家が結ぶ盟約なんだよ。 そこに“個人の感情”は不要だ。」

「……それでも、僕は――」

「黙れ!」

バンッと、杖が床を打つ音が響いた。

「黒瀬家の跡継ぎともあろう者が、 家の名を捨てて、偽物を娶る気か。今すぐ離縁しろ。そして本物の梨子を迎えに行け。」
< 71 / 122 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop