末の妹として大切にされてきましたが、 妻として溺愛されることになりました
第二章 ブレットの密室①
屋敷に戻ったクレアは、真っ先にロティーが心地よく過ごせる場所の準備に取りかかった。
最初は大きめの檻を用意する案もあったけれど、放し飼いのほうがストレスが溜まらないだろうということで、控えの間を丸ごとロティーの部屋にすることにした。
メイド達に手伝ってもらい、窓には網を張り、壁には遊具として止まり木を取り付けた。大きい布を頭上から壁へハンモック状に吊るし、隠れ家になるような小屋も設置する。
「さぁ、ロティー。今日からここが、あなたのお家よ」
最初は警戒していたロティーだったが、広い場所に出て少し緊張も緩んだようだった。ひと口大に切ったリンゴやニンジンの他、十分な水も用意されていると知って、ここが安住の地だと思ってくれたらしい。
アイザックの言うとおり、元々ロティーは大人しい性質だったのだろう。旅でナーバスになっていただけで、日を追うごとに落ち着いて元気になっていった。今も部屋の中で、のびのびと運動したり遊んだりしている。
「へぇ、調子よさそうじゃない」
控えの間にやってきたセシルが、ロティーの様子を見て言った。
「以前に比べれば、随分良いのですけど……。まだほとんど触らせてもらえなくて」
クレアは悩ましげに答え、ロティーにニンジンを差し出す。手で持って食べやすいように、スティック状に切ってある。
「あれ、餌の切り方変えた?」
「はい、近頃ニンジンに飽きてしまっていて。形に変化を付けると、食べてくれますの」
「ふぅん。サルの世話って大変だね」
「でもそれ以上に楽しいですわ」
すべてのニンジンをロティーにあげてしまい、クレアはセシルに笑いかける。
「ロティーのいない生活なんて、もう考えられませんもの」
「そりゃ良かった。アイザック兄様がクレアを怪我させたって、かなり落ち込んでいたからね。ロティーを連れてきたことにも、責任を感じてたみたいだったし」
「アイザック兄様には、感謝しかありませんわ。セシル兄様からも、クレアはとても喜んでいると、お伝えください。あれ以来、噛まれることもありませんし」
クレアの嬉しそうな様子を見て、セシルは少し顔をしかめた。アイザックに先を越された気がして、心中穏やかではいられないのだろう。
「そうは言っても、懐かないのは困るね」
「えぇ。ですからブレット兄様に、ロティーに好かれるにはどうしたらいいか、相談していますの」
「ブレット兄様に?」
セシルは目を見開き、からかい半分で続ける。
「あの人に、そんなこと聞いてもしょうがなくない? サルどころか、人間相手でも、上手くやれないのに」
「おい、今のは聞き捨てならんな」
いつの間にやってきたのか、ブレットが会話に入ってきた。セシルはビクッとして、愛想笑いで振り向く。
「あぁ、ブレット兄様。いらっしゃったんですか?」
「僕は人付き合いが苦手なわけじゃないぞ。僕の考えがなかなか理解されないだけだ。きっと高尚すぎて難解なのだろう」
「いやいや、それこそがコミュニケーション下手ってことなんですよ。適切な人間関係を築ける人は、相手に合わせてちゃんと話題を振れるんですから」
「はぁ? なぜ僕が愚かな人間に合わせなきゃならん」
「そういうとこですよ。自意識が高すぎるというか」
「なんだと!」
「お兄様方、おやめください。ロティーが怖がっていますわ」
クレアの声が凜と響き、ブレットとセシルは言い争いをやめた。ロティーは彼女の言うように、小屋の中で震えている。
「これは、すまない」「ごめんね」
ふたりがしゅんとしてしまい、クレアは明るい笑顔で両手を合わせる。
「わかっていただければ良いのですわ。ところでブレット兄様、何かご用ですか?」
「あ、あぁ、クレアからの相談事だが、ひとつ良いことを思いついてね」
ブレットはおもむろに、持っていた袋から果物を取り出した。
餌皿に切ったリンゴとオレンジ、そしてバナナを並べていく。ロティーは首をかしげていたが、しばらくしてオレンジだけを掴み、小屋に戻っていった。
「やはりな」
「どういうことです?」
不思議そうなセシルに、クレアが答える。
「ロティーは特にオレンジが好きだと、証明したかったのではないでしょうか」
ブレットはクレアの解答を聞いて、満足そうに言った。
「さすがクレア。サルは果物の香りを嗅ぎ、選り好みして食べているということだ」
「だとしても、オレンジばかり食べていては、栄養が偏りますわ」
「いや、そういうことじゃない。ロティーの好きなオレンジで、フルーティーな香水を作れば、懐いてくれるんじゃないかと思ってね」
クレアとセシルは顔を見合わせ、同時に拍手した。
「素晴らしいですわ、ブレット兄様」
「うん。ブレット兄様にしては、良いアイデアだと思うよ」
ふたりの反応を見て、ブレットは喜んで良いのか怒るべきか、微妙な表情をしている。
「ブレット兄様にしては、は余計だと思うが」
「えー、だって普段はよくわかんないことばっかりしてるじゃない。崖にへんな裂け目が見つかったとか、港で珍しい魚が揚がったとかいうと、食事中でも駆けつけるし」
「よくわからないのは、セシルが理解を深めようとしていないからだ。自然現象や多様な生物への知識を深めれば、科学的な判断ができるようになる」
「そりゃまぁ、何かしらの意義はあるんだろうけどさ」
セシルは頭の後ろで手を組み、興味もなさそうに続ける。
「とにかく香水を作るなら、先に実験室を片付けたほうがいいと思うよ。いろんな収集品で溢れかえってるでしょ?」
「それなら、私が片付けますわ。香水作りのお手伝いもさせていただきたいです」
クレアはにっこりしたけれど、セシルはギョッとした顔で慌てて止めた。
「え、やめときなよ。あそこは魔窟だよ?」
「助かるよ。クレアが助手をしてくれるなら、きっと良い香水ができる」
ブレットは上機嫌で言い、セシルは不機嫌そうに腕を組む。
「なんか妙な感じだなぁ。クレアとふたりきりになりたくて、香水作りなんて言い出したんじゃないの?」
「人聞きの悪いことを言うな。僕は心から、クレアとロティーのためを思って」
「ホントにぃ? ムキになるとこも怪しんだけど」
「実験室を片付けろと言い出したのは、セシルだろ。僕はあのままでも全然構わない。もちろんクレアが手伝ってくれなくてもな」
セシルはまだ何か言いたそうだったが、とりあえず納得はしたらしかった。ふたりの言い争いが激しくなる前に収まり、クレアはホッとして口を開く。
「ブレット兄様、作業に入る際は、ぜひ声を掛けてくださいましね。いつでもお手伝いいたしますから」
「ありがとう、クレア」
ブレットは満面に笑みを浮かべ、軽やかな足取りで控えの間を出て行ったのだった。
最初は大きめの檻を用意する案もあったけれど、放し飼いのほうがストレスが溜まらないだろうということで、控えの間を丸ごとロティーの部屋にすることにした。
メイド達に手伝ってもらい、窓には網を張り、壁には遊具として止まり木を取り付けた。大きい布を頭上から壁へハンモック状に吊るし、隠れ家になるような小屋も設置する。
「さぁ、ロティー。今日からここが、あなたのお家よ」
最初は警戒していたロティーだったが、広い場所に出て少し緊張も緩んだようだった。ひと口大に切ったリンゴやニンジンの他、十分な水も用意されていると知って、ここが安住の地だと思ってくれたらしい。
アイザックの言うとおり、元々ロティーは大人しい性質だったのだろう。旅でナーバスになっていただけで、日を追うごとに落ち着いて元気になっていった。今も部屋の中で、のびのびと運動したり遊んだりしている。
「へぇ、調子よさそうじゃない」
控えの間にやってきたセシルが、ロティーの様子を見て言った。
「以前に比べれば、随分良いのですけど……。まだほとんど触らせてもらえなくて」
クレアは悩ましげに答え、ロティーにニンジンを差し出す。手で持って食べやすいように、スティック状に切ってある。
「あれ、餌の切り方変えた?」
「はい、近頃ニンジンに飽きてしまっていて。形に変化を付けると、食べてくれますの」
「ふぅん。サルの世話って大変だね」
「でもそれ以上に楽しいですわ」
すべてのニンジンをロティーにあげてしまい、クレアはセシルに笑いかける。
「ロティーのいない生活なんて、もう考えられませんもの」
「そりゃ良かった。アイザック兄様がクレアを怪我させたって、かなり落ち込んでいたからね。ロティーを連れてきたことにも、責任を感じてたみたいだったし」
「アイザック兄様には、感謝しかありませんわ。セシル兄様からも、クレアはとても喜んでいると、お伝えください。あれ以来、噛まれることもありませんし」
クレアの嬉しそうな様子を見て、セシルは少し顔をしかめた。アイザックに先を越された気がして、心中穏やかではいられないのだろう。
「そうは言っても、懐かないのは困るね」
「えぇ。ですからブレット兄様に、ロティーに好かれるにはどうしたらいいか、相談していますの」
「ブレット兄様に?」
セシルは目を見開き、からかい半分で続ける。
「あの人に、そんなこと聞いてもしょうがなくない? サルどころか、人間相手でも、上手くやれないのに」
「おい、今のは聞き捨てならんな」
いつの間にやってきたのか、ブレットが会話に入ってきた。セシルはビクッとして、愛想笑いで振り向く。
「あぁ、ブレット兄様。いらっしゃったんですか?」
「僕は人付き合いが苦手なわけじゃないぞ。僕の考えがなかなか理解されないだけだ。きっと高尚すぎて難解なのだろう」
「いやいや、それこそがコミュニケーション下手ってことなんですよ。適切な人間関係を築ける人は、相手に合わせてちゃんと話題を振れるんですから」
「はぁ? なぜ僕が愚かな人間に合わせなきゃならん」
「そういうとこですよ。自意識が高すぎるというか」
「なんだと!」
「お兄様方、おやめください。ロティーが怖がっていますわ」
クレアの声が凜と響き、ブレットとセシルは言い争いをやめた。ロティーは彼女の言うように、小屋の中で震えている。
「これは、すまない」「ごめんね」
ふたりがしゅんとしてしまい、クレアは明るい笑顔で両手を合わせる。
「わかっていただければ良いのですわ。ところでブレット兄様、何かご用ですか?」
「あ、あぁ、クレアからの相談事だが、ひとつ良いことを思いついてね」
ブレットはおもむろに、持っていた袋から果物を取り出した。
餌皿に切ったリンゴとオレンジ、そしてバナナを並べていく。ロティーは首をかしげていたが、しばらくしてオレンジだけを掴み、小屋に戻っていった。
「やはりな」
「どういうことです?」
不思議そうなセシルに、クレアが答える。
「ロティーは特にオレンジが好きだと、証明したかったのではないでしょうか」
ブレットはクレアの解答を聞いて、満足そうに言った。
「さすがクレア。サルは果物の香りを嗅ぎ、選り好みして食べているということだ」
「だとしても、オレンジばかり食べていては、栄養が偏りますわ」
「いや、そういうことじゃない。ロティーの好きなオレンジで、フルーティーな香水を作れば、懐いてくれるんじゃないかと思ってね」
クレアとセシルは顔を見合わせ、同時に拍手した。
「素晴らしいですわ、ブレット兄様」
「うん。ブレット兄様にしては、良いアイデアだと思うよ」
ふたりの反応を見て、ブレットは喜んで良いのか怒るべきか、微妙な表情をしている。
「ブレット兄様にしては、は余計だと思うが」
「えー、だって普段はよくわかんないことばっかりしてるじゃない。崖にへんな裂け目が見つかったとか、港で珍しい魚が揚がったとかいうと、食事中でも駆けつけるし」
「よくわからないのは、セシルが理解を深めようとしていないからだ。自然現象や多様な生物への知識を深めれば、科学的な判断ができるようになる」
「そりゃまぁ、何かしらの意義はあるんだろうけどさ」
セシルは頭の後ろで手を組み、興味もなさそうに続ける。
「とにかく香水を作るなら、先に実験室を片付けたほうがいいと思うよ。いろんな収集品で溢れかえってるでしょ?」
「それなら、私が片付けますわ。香水作りのお手伝いもさせていただきたいです」
クレアはにっこりしたけれど、セシルはギョッとした顔で慌てて止めた。
「え、やめときなよ。あそこは魔窟だよ?」
「助かるよ。クレアが助手をしてくれるなら、きっと良い香水ができる」
ブレットは上機嫌で言い、セシルは不機嫌そうに腕を組む。
「なんか妙な感じだなぁ。クレアとふたりきりになりたくて、香水作りなんて言い出したんじゃないの?」
「人聞きの悪いことを言うな。僕は心から、クレアとロティーのためを思って」
「ホントにぃ? ムキになるとこも怪しんだけど」
「実験室を片付けろと言い出したのは、セシルだろ。僕はあのままでも全然構わない。もちろんクレアが手伝ってくれなくてもな」
セシルはまだ何か言いたそうだったが、とりあえず納得はしたらしかった。ふたりの言い争いが激しくなる前に収まり、クレアはホッとして口を開く。
「ブレット兄様、作業に入る際は、ぜひ声を掛けてくださいましね。いつでもお手伝いいたしますから」
「ありがとう、クレア」
ブレットは満面に笑みを浮かべ、軽やかな足取りで控えの間を出て行ったのだった。