奪う
 ◇


 途中から嫌な予感はしていた。気のせいだと思い込むことで自身を騙そうとしたが、全くもって騙し切れないほどにその症状は悪化していた。

「到着しました」

 目的地であるユウコの家、元より、金蔓の家の敷地内なのだろう広いスペースに車を停め、さっさとエンジンを切ったカナデが口を開いた。助手席に座っている彼はしばらく動く気になれず、痛む頭を押さえてじっとしていた。シートベルトを外すことすら億劫だった。

「ミコトさん、生きてますか?」

「……」

「完全に死んでますね」

 十数年ぶりの車酔いであった。大人になるにつれて酔うことはなくなったと思っていたが、それは自分で運転をするようになったからかもしれない。他人が運転する車では酷い有様である。単にカナデの運転が下手くそなだけなのかもしれないが、今その技術を詰ったところで意味はない。気力もない。余裕もない。吐くまではいかないものの、それでもひたすら気持ち悪くて仕方がない。よく乗り物酔いをしていた子供の頃の地味に辛い経験を、二十代後半でまた味わう羽目になるとは思わなかった。

 約束していた土曜日の午後に、カナデのアパートで落ち合うことになっていた。そこからカナデの車に乗り換え、無論カナデの運転で金蔓の家まで何時間もかけて移動した。結果、酔って死んだ。途中で休憩を挟みはしたものの気休めにしかならず、ほぼ酔った状態のまま何時間も車に揺られ続けるのは拷問でしかなかった。

「ミコトさんって車酔いするんですね。意外です。余裕なさそうなミコトさん見るの初めてで少しドキドキしてます。ミコトさんはよく俺を惚れ直させますね」

 計画上にはなかったであろう想定外なことが起きても、カナデの調子はいつも通りであった。彼自身も車酔いしてしまったことは想定外だったが、少しの間安静にしていれば次第に治まるものである。そのため、これからすることが全ておじゃんになってしまうのではないかといった焦燥感を抱くことはなかった。絶対に金蔓を殺すことは変わらない。
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