奪う
 俯いて歩く彼を玄関前まで連れたカナデが、躊躇なくインターフォンを押した。改めての注意事項も何もない。そのままいけということか。もしもの時はそっちがフォローしろよ。

 カナデが押したインターフォンから微かな雑音がした後、約束もしていないのに夜に訪れた人間を不審がっているような警戒心丸出しの声がした。

『どちら様ですか……?』

「アオイだよ」

『え、アオイ? あれ、今日会う約束してた……?』

「してないよ。俺が急にユウコに会いたくなってさ。連絡もしないでごめんね。もし迷惑じゃなかったら開けてくれないかな」

『会いたくなったって。もう、しょうがないな。今玄関開けるから待ってて』

 ぷつ、と音が途切れた。ユウコの声は呆れているようにも喜んでいるようにも聞こえた。その事実だけで、二人は本当に上手くいっているのだと痛む頭でぼんやりと思った。ユウコは知らないカナデの白々しい台詞もしっかり感情が込められている。カナデは今、カナデではないのだった。

 金を騙し取るためだけにここまでユウコを信頼させたカナデの努力を、車酔い如きで無駄にするわけにはいかなかった。どんなに気持ち悪くても、ユウコを殺すまではアオイの親友のイツキでいる必要がある。カナデほど上手に騙せる自信はないため、回復したら即座に殺す。絶対殺す。

 彼は確かめるようにポケットに手を入れた。殺す時の最低限の必需品である手袋を突っ込んでいた。

 扉を挟んだ向こう側で、人の気配を感じた。直後に、ガチャ、と鍵の開けられる音。次いで扉が動き、中からユウコが現れた。黒縁の眼鏡をかけている。若干癖のついている髪の毛も黒い。その見た目から、というわけではないが、ユウコはあまり目立つことのなさそうな地味な女だった。
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