奪う
「お待たせ」

「ありがとう、ユウコ」

 カナデが柔らかく微笑んだ。胡散臭い薄笑いではなかった。ユウコはカナデの甘い微笑に、まるで初心な少女のように頬をほんのりと赤くさせた。カナデに夢中になっているユウコが照れくさそうにしながら目を逸らしたところでようやく、彼はユウコと目が合った。ユウコは見ず知らずの男の姿を見るなり分かりやすく顔を引き攣らせ、打って変わって不安げな視線をカナデへと向ける。

「アオイ、そちらの方は……?」

「ああ、俺の親友のイツキだよ」

「アオイが時々話してる……?」

「そうそう。イツキと遊んでる最中に急にユウコに会いたくてたまらなくなってさ。イツキを家に置いて来るの忘れてそのまま連れて来ちゃって。おかげでイツキ、車酔いして死にかけてるんだよね。ちょっとだけ休ませてあげてほしいんだけど、ごめんね、いいかな」

 ごめんねと謝っておきながら、拒否はさせないといった妙な圧を感じた。

 ユウコに会いたいあまり、一緒に遊んでいた親友を家に置き忘れてそのまま連れて来てしまった、というのは流石に無理があるのではないかと思ったが、結婚を前提に付き合っている恋人のことを全面的に信じているらしいユウコは、警戒心を解きつつ控えめに、しかし心配そうな顔つきで彼を見つめた。車酔いしていると聞いて、特に意識していなかったであろう彼の青白い顔がやけに際立って見え始めているのかもしれない。

 イツキは車酔いで死にかけていることにされたが、実際に車酔いで死にかけているため、気を張る必要もなくリアルを届けられるはずだ。何も喋らなくても、喋れないくらいに体調が悪いのだと言いように捉えてくれるだろう。それは何も間違っていない。

「あの、顔色が、凄く悪いので、ひとまず、うち、うちに、上がって、少し、横になられた方が、あの、いいかと思います」
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