逃げたいニセモノ令嬢と逃したくない義弟と婚約者。




「ニセモノ?」



セオドア様の言葉を聞き、奥方様が静かに呟く。
先ほどと変わらず、優しい微笑みを浮かべる奥方様だが、その表情は明らかに柔らかいものではなくなっていた。



「何を言っているの?セオドア。レイラはレイラでしょう?レイラはアナタの姉さんよ?」



これだ。
私が奥方様たちを怖いと思う理由がこれなのだ。

何でもないようにそう言う奥方様はどこか狂っている雰囲気を帯びていた。
奥方様は…いや、アルトワ夫妻はレイラ様を愛するあまり、ついに狂ってしまったのだろう。
だからレイラ様にそっくりな私、リリーを見つけた時に、レイラ様の代わりにしようとした。
普通の感覚でならあり得ない答えだ。



「セオドア。落ち着くんだ。お前の横にいるのは私たちの家族、レイラだろう?」

「…違う。お父様もお母様もどうかしてる。コイツは姉さんのニセモノで…」

「セオドア」



最初こそ、セオドア様を宥めようと優しい声音だった伯爵様だが、セオドア様の変わらぬ答えにその語気を強くする。
たった一言、セオドア様の名前を呼んだだけだったが、それだけで伯爵様の静かな怒りが私にまで伝わってしまった。



「お前の横にいるレイラはお前の姉だ。そうだろう?」

「…」



伯爵様に強くそう言われてしまい、セオドア様が不服そうに黙る。
まだ何か言いたげなセオドア様だったが、それを許すような雰囲気ではなかった。




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