彼がくれたのは、優しさと恋心――司書志望の地味系派遣女子、クールな弁護士にこっそり愛されてました
「おめでとう、お母さん」
「あら、嫌だ急に、改まって」

 だが、母も姿勢を正して言った。

「ありがとう、莉々……で、ここから現実的な話になるんだけど」
「え?」

 沈黙が訪れた。父が遺した柱時計の音が、カチ、コチと響く。

「この家をどうするか、決めないと」
「家を?」
「そう。お母さんは、もう住めない。お父さんとの思い出が詰まったこの家に他の男性と住むなんて、お父さんを裏切るような気がして……この家、大好きだけど」

 この家は、今は亡き父が自分で設計したもので、真っ白な外壁の二階建て、5LDK。庭には四季折々の植物。ジャスミンを這わせた外壁には、この時期、可憐で真っ白な花が満開で、窓を開けると、甘く爽やかな香りが部屋を満たす。

「じゃあ、私が引き継ぐ」
「……そうしてくれたら、とても嬉しい。でも、お金は大丈夫?」
「お金?」
「贈与税に加えて、毎年、固定資産税もかかるの」

 一瞬、頭の中が真っ白になる。

「――けっこうな額なんだよね?」

 母は、静かに頷いた。

 どうしよう。
 私、出て行かなくてはならないの?

 でも、怜士がこの家に住んでくれれば、何とかなるかもしれない。商社勤務の彼なら、無理な話ではないはずだ。でも、こんなことを頼むのは図々しいかな。そう思いつつも、いてもたってもいられず、私は怜士に電話をかけた。十一時。いつもならまだ起きている時間だ。

 ――だが数回かけても、怜士は電話に出ない。こんなことは初めてで、私は漠然とした不安に襲われた。大丈夫と自分に言い聞かせながらも気持ちは落ち着かず、あまり眠れない夜を過ごした。
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