彼がくれたのは、優しさと恋心――司書志望の地味系派遣女子、クールな弁護士にこっそり愛されてました
「あら、もう出かけるの?」

 朝食を終え、洗面台で身支度する私を、母が怪訝そうに見た。まだ土曜日の朝八時。世間は静かだ。

「うん」

 けれど私は落ち着かなかった。何度電話しても怜士は出ない。まさか、事故とか?
 私はパーカーとデニムに着替え、家を出た。

 そして一時間後。

 怜士の部屋の前でインターホンを鳴らしかけて、思わず手を止めた。鳴らさないほうがいいような、虫の知らせのような感覚。
 バッグから合鍵を取り出す。事前に知らせずに来て鍵を開けるのは、初めてだ。

 でも合鍵はそういうものだ。疲れて眠っているなら、そっとして帰ろう。そう思いながらも、胸のざわめきは消えない。
 私は鍵を差し込み、回す。カチャリと音がして手応えがあった。
 ドアノブを引くと――ガタン、衝撃が手に伝わった。ドアロックだ。

 いるんだ、事故じゃなかった。良かった。そう思ってほっと安心したのも束の間、ドアの隙間から、楽しそうな声が漏れてくる。怜士だけじゃない、誰かいる。しかも――女の人だ。
 女性のはしゃぐような話し声には聞き覚えがあった。私は息を呑んだ。

 まさか――。

「怜士!」

 思わず大きな声を出してしまう。
 部屋の中が,しんとなった。

「ねえ、怜士⁉」

 室内のドアが開く音、閉まる音。そして廊下を歩く足音がして、やがて玄関ドアの隙間から怜士が見えた。

「――莉々――おはよう」

 ばつが悪そうに言った怜士は、いつもパジャマにしているスウェット姿だ。

「ねえ、一緒にいるのって誰?」

 怜士は視線をそらし、何も答えない。
 嫌な予感に心臓がばくばくする。

「ねえ、怜士」

 その時、また室内のドアが開く音がし、足音が近づいてきた。

「怜士さん、どうしたんですか? まさか、野崎さんが来ちゃったとか?」

 あはは、と怜士のすぐ後ろで軽やかに笑うその声はやはり――香奈ちゃんだった。

「……ごめん、説明できない今日は帰ってくれ」

 怜士は抑揚のない小さな声で、淡々と言った。

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