あなたの子ですが、内緒で育てます
 そういえば、デルフィーナと最後に会った時、ワインの瓶が並ぶ棚にワインの瓶を戻していた。

「む……」

 がくっと体から力が抜け、床の上に転がった。
 猛烈な眠気に襲われ、起きあがる力がでない。

 ――待て。これはおかしいぞ。

 嫌な予感がした。
 ザカリアが生きているということは、デルフィーナに渡した睡眠薬が使われなかったということだ。

 ――最初から、睡眠薬を持たずに、離宮を出ていたのなら?

 デルフィーナは、ザカリアに薬を使わなかったのではなく、使えなかったのか。
 誰かが、部屋に入ってくる音がした。

「誰だ」

 そう言ったはずが、声は出なかった。
 眼球を動かして、目にしたのは、セレーネが王妃になった年のワインの瓶だった。
 デルフィーナが王妃になった年のワインを選べば、俺は死なずに済んだのか?
 痺れた手足、動かない体。
 意識は闇の中に落ちて、消えていく。
 薄れゆく意識の中、思い浮かべたのは、少女の頃のセレーネだった。
 初めて出会ったその時、妖精のように美しい彼女が妃になってくれたら、どんなに幸せかと思っていた。
 妃候補として、最後まで残ってくれた時は、本当に嬉しかった。

 ――セレーネ。王でなければ、俺は君だけを愛しただろう。

 セレーネは、俺にとって完璧すぎる妃だったのだ。
 彼女に相応しい王になることを諦め、他の女に逃げた哀れな男の末路――それが俺だ。
 一筋の涙が頬をつたい、床に落ち、そして、重い目蓋を閉じた……
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