あなたの子ですが、内緒で育てます
「ご夫婦ですか」

 愛想よく宿屋の主人は語りかけた。
 それに対して、ザカリア様はぶっきらぼうに答える。

「そうだ」
「これから、どちらへ?」
「妻の実家がある南の方へ」
「へぇ、うちの妻も南のほうから、嫁いできてまして。どちらの町ですか」

 適当な町をザカリア様は答えた。
 ザカリア様の領地は東の方角にあるのに、なぜ、そんな嘘をついたのか。

「世話になったな」

 ザカリア様は私の腕をつかみ、振り返ることなく宿屋を出た。
 しばらくして、目の前に幻覚が浮かんだ。

『あの銀髪の女性はセレーネ様じゃないか?』
『やっぱり、アンタもそう思ったかい?』
『兵士に知らせよう』
『金も出ることだしね』

 先ほど、にこやかに送り出してくれた宿屋の夫婦。
 その話の内容は、私を高く売るための相談だった。
 
 ――これが、王の子の力。

 母親である私を守ろうとしているのだ。
 まだ産まれてもいないのに、助けてくれる。
 私も、こんな弱いままではいけない。
  
「ザカリア様。この服装では目立ちます。古着屋に寄り、動きやすい服に着替えてもよろしいですか」
「古着屋? だが……」
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