あなたの子ですが、内緒で育てます
 セレーネは肌触りのいい毛布を差し出した。
 自分は薄い生地のカバーにくるまる。

 ――夫婦設定だと、寝台がひとつしかない部屋に案内されるのが、一番困る。

 兄上が、なぜセレーネを選んだかわかる。
 自分よりも相手を優先するからだ。
 兄上は気づいていないかもしれないが、セレーネを愛していたはずだ。
 もしかしたら、今も。
 いや、兄上のことは、この際どうでもいい!
 問題は目の前の難題だ。

「妊婦が楽になるには、なにをすればいいんだ……?」

 考えたが、独身なため、妊婦に対する知識がまったくない。
 部屋のドアを閉め、宿の階下の食堂で、セレーネが食べられそうなものを注文する。
 俺ができるのはこれくらいだ。

「すっきりする食べ物を頼む」
「それなら、柑橘系ですね。市場に売っていたと思うので、フルーツの盛り合わせを作ってもらいますね~」
「もしかしてっ! 奥様のお腹には子供が?」

 宿屋の娘たちは、明るく元気がいい。
 人に慣れしていて、遠慮なしで聞いてくるが、嫌な感じはない。
 ただの好奇心だとわかる。

「そうだ」
「きゃー! やっぱり!」
「美男美女の夫婦ねって、言ってたんですよぉ」
「よぉーし! フルーツ大盛りで!」
「おめでたいですからね! 派手に盛り付けちゃってー!」

 ……だが、こんなもてなしを受けたのは初めてだ。
 セレーネと、夫婦という設定だから仕方がないが、一生結婚しないと決めていたから、複雑な気分だった。
 疲労感を覚えながら、豪華に盛り付けてくれたフルーツ盛り合わせ、焼き立てパン、匂いが少なめのあっさりしたスープを持って、部屋へ戻る。

「セレーネ、食事を――」
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