私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
ちらと笙司さんはグランドピアノを横目で見た。

「あれは?」

「唯冬が買ったのよ」

「お金持ちの弟がいてなによりだ」

どこか、棘のある物の言い方が気になったけど、それより、なぜここに二人でやってきたのだろう。
もしかして、私と別れる話をするのかもしれないという可能性を考えたけど、私と話をする前に笙司さんの性格なら、まず、父と話をするはずだった。
私との婚約のメリットは渋木の娘であるということが一番の理由なのだから。
『渋木の娘でなかったら、ただの美人』
そう言っているのを聞いたことがある。
私が渋木の娘じゃなければよかった―――そう思っているのは私だけじゃない。
気が付くと、知久が私のそばに立っていた。

「……笙司さん、今日は会う予定はなかったと思うのだけど」

この微妙な空気をなんとかしようと、なにをしにここへ来たのか、笙司さんを探ってみた。

「たまたま近くに寄ってね。彼女は俺の店で働いているコックだ」

「そう。はじめまして」

写真では知っていたけど、実際に会うのはこれが初めてだった。
ぺこりと会釈した女性は無口で、こちらも微笑みを返して会釈する。

「彼女は優秀なコックでね。君のカフェの調理指導をさせようと思って連れてきた」

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