私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
「調理指導だなんてどういうこと? イタリアンレストランとは違うのよ」

「本格イタリアンを学ぶいいチャンスじゃないか」

「私は穂風の腕に満足しているの」

「……おせっかいだったわけか」

「そういういわけではないわ。気持ちはありがたいけど、私の店と笙司さんの店は違うから。まずは料理を食べてみたらどうかしら」

にっこり微笑んで、席の方へ『さあ、どうぞ』と二人を案内しようとすると、笙司さんは面白くない顔をして言った。

「いや、仕事がある。おい、戻るぞ」

「はい」

彼女の答えはイエスのみで、余計なことは何も言わず、笙司さんの後ろを従順に追いかけて行った。
店を出る前に笙司さんは振り返って、私に言った。

「今度、俺の店に食べにくるといい。未熟だということがよくわかるはずだ」

私も穂風も険しい顔をしたけど、面倒ごとにしたくなくて、なにも言わなかった。
言わなかったけど―――

「へぇー。そんなに美味しい店なら俺も行きたいなー」

知久がいつもの軽さで笙司さんを挑発した。
わかりやすい挑発に笙司さんの眉間に皺が寄る。
部外者が口出しするなという顔だった。

「興味あるなぁ。ほら、俺ってお坊ちゃん育ちだし、食べ物にはうるさいんだよね」

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