私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】

23 不吉の赤

私の婚約も弟の唯冬(ゆいと)の婚約も高校生の間に決められた。
引き取られた立場の私は家の決定に逆らえなかった。
唯冬もまた、ピアノを続けることを条件に婚約を承諾するしかなく、私達は家の力の前では無力だった。
婚約が決まった時、私と笙司(そうじ)さんの間にいくつか決められたルールがある。
そのうちのひとつが、最低でも月一回は二人で会うこと。
それが、毎月の義務となっていた。
会って食事をして、会話をし、美術館やオーケストラのコンサートに行く。
お互いの距離は保たれたまま、付き合いを続けた。
けれど、大学三年の春、私は笙司さんの本性を垣間見た。
笙司さんとの婚約を私から断れば、知久にまで害が及ぶような危うさを感じ、怖くなったのは―――

「私に連絡がないってどういうことよ!」


パーティールームに毬衣さんの大きな声が響いて、小さな子達は身をすくめた。
それは知久が、親戚の女の子にコンサートのチケットをプレゼントしたという話から始まった。
毬衣さんはチケットを受け取っていないことが判明して、気まずい空気が流れた。
恥をかかされたと激昂して、チケットをもらった小さい女の子の肩をつかんだ。
女の子は青い顔をして、ごめんなさいと謝っていたけど、離そうとはしない。

「落ち着きなさい。毬衣。婚約者はあなたなんだから。いちいち嫉妬して、みっともない態度をとらないでちょうだい」

母親の章江(あきえ)さんが窘めたけれど、周りの親戚達の目は冷ややかだった。
なぜなら、知久の婚約者の座を狙っていたのは毬衣さんだけではなく、他の親戚も陣川家と姻戚関係になりたいと考えていたから。
すでに唯冬と結朱(ゆじゅ)さんの婚約は成立しているから、渋木の家に遠慮することなく、陣川家に縁談を持っていくことができた。
それを出し抜いたのが、章江さんで、父の姉という立場を利用して、陣川家に婚約を迫ったとかいう噂だった。

「春のお茶会なんて来るんじゃなかったわ! みんな、私のことを馬鹿にしたような目をして見るんだからっ」

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