私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
陣川家の婚約者となった毬衣さんに誰も注意できないせいで、空気が悪く、会話はほとんどなかった。
そして、毬衣さんに責められ、青ざめて泣いている女の子を誰も慰めることもできず、毬衣さんのご機嫌が早く良くなることだけを祈っていた。
私はため息をつき、その女の子のそばへ行く。

「そんなに泣かなくていいのよ。甘いお菓子を向こうでいただきましょう?」

泣く女の子を連れ、ピアノのそばまで逃げた。
椅子に座らせると、ハンカチで涙をぬぐった。

「わ、私、ただ、コンサートのチケットをプレゼントしてもらった話をしただけなのに」

女の子は怯えて、泣き続けていた。
この子の両親は遠くから会釈し、私も頭を下げる。
親戚の中でも力関係があると、この渋木の家に来て知った。

「大丈夫よ。コンサート楽しんできてね」

「う、うん」

「音楽が好きなの?」

その子はうなずいた。

「そう。それじゃあ、なにか弾きましょうか」

子供が好きそうな曲。
可愛くて楽しい曲を。
そう思って子犬のワルツを弾いた。
じゃれあい、転がる、たくさんの子犬達の姿。
おいかけっこをして、遊ぶ子犬。
外の青い芝生の上に楽しそうな犬の姿が見えるような気がした。

「かわいい曲!」

女の子は泣きやんでピアノのそばで微笑んだ。

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