私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
「小百里は俺の帰りを喜んでくれるかと思ったんだけどな。それこそ、感動の再会からの熱い抱擁をしてくれてもよかったんだよ?」

「もちろん嬉しいわ。でも、それは弟の友人としてよ」

「嘘つきだね」

バイオリンを手にした知久はふっと微笑んだ。
嘘つきなのはお互い様。
目を閉じ、白い鍵盤に触れた。

「知久#さん__・__#。曲はなに?」

「Fly Me To The Moon。ジャズアレンジバージョンにしようか」

今日のテーマは『天才バイオリニスト陣川知久が奏でる特別な夜』。
特別な夜ね……
この間は『魅惑の夜』、その前は『美しい音に浸る夜』だったかしら。
どこまでも、夜の路線を外さない知久。
そして、女性と少し共演しただけで噂になってしまう。
イメージよね、所詮。

「わかったわ。夜だものね」

「この後、二人の夜にしようか」

「集中していただけるかしら?」

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