私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
これだもの―――はぁっとため息をついた。
知久が魅力的なことは認める。
学生の頃から音楽事務所に所属して、『クラシック音楽界のプリンス』と呼ばれている。
そう呼ばれているのは陣川(じんかわ)知久(ともひさ)渋木(しぶき)唯冬(ゆいと)深月(みづき)逢生(あお)の三人。
全員、同じ菱水(ひしみず)音楽大学附属高校出身で、私のひとつ下。
高校生の頃から騒がれていた三人だったけど、本当にアイドルのようになるなんて思ってもみなかった。
弟が音楽事務所に所属した時の父の顔を今でも思い出せる。
見たこともないくらい険しい顔をしていた。
一番下の弟の柊冴(しゅうご)が跡を継ぐと言わなければ、きっと唯冬はピアニストにはなれなかったと思う。
ピアノは趣味で大学まで。
そう父は私と唯冬に告げて、音大へ進学させた。
卒業後は自分が経営する会社で働いて、私は結婚、唯冬は将来の社長として父の元で勉強するのが、父の希望だった。
その父の希望を知りながら、うまく出し抜き、唯冬はプロのピアニストになり、私はカフェを経営している。
けれど、結婚相手だけは―――

「これ以上、嫌われないように真面目に弾こう。弾ける?小百里?」

名前を呼ばれて頷いた。
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