私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
「気に入った? それなら、一緒に弾いてみましょうか」

「いいの!?」

女の子が嬉しそうに微笑んだ瞬間、控えめで上品な香水がふわりと香ったことに気づいて、顔をあげた。

清加(きよか)さん」

「小百里さん。上手になったわ。やっぱり音大に入ると違うわねぇ」

「ありがとうございます」

清加(きよか)さんだった。
調子がいいのか、今日は明るい色の服を着て楽しそうに微笑んでいた。
清加さんは私が母とあまり似ておらず、顔立ちが唯冬に似ているせいもあり、最近は友好的に話しかけてくれる。
それに私が、弟達の立場を脅かさないよう渋木の家を出たこともよかったようだった。

「私もショパンが、好きなのよ」

結婚前は無邪気で可愛らしいお嬢様だったのだろうと思う。
清加さんはなに不自由なく育ち、婚約者と結婚して子供を産んで、幸せで穏やかな結婚生活を過ごすだろうと、疑いもせず、この渋木の家に嫁いできた。
そんな清加さんが結婚して幸せでいられたのは私の母の存在を知るまでのことだった。
私は清加さんを刺激しないよう静かに会釈し、会話はそこで終わり。
私の会話が終わったのを見計らって、近づいてきた人影があった。

「もうピアノはやめて向こうで話でもしないか」

―――笙司さんだった。

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