私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
笙司さんは強い味方がいて安心したのか、毬衣さんの言葉にうなずいた。
毬衣さんは怒鳴られて青い顔をしている彼女に追い討ちをかけるように言った。

「あなたのような雇われコックにはわからないでしょうけど、私達の婚約は家と家の約束ごとなのよ」

「そういうことだ」

あきらかに笙司さんの彼女を見る目が違っていた。
この間、私の店にきた時は信用できる味方だという雰囲気だったのに今は敵以外の何者でもないという様子だった。
お互いが好きで付き合っていたのではなかったのだろうか。
すくなくとも、彼女のほうは好意を持っていると思う。
両手をきつく握り、唇を噛んでうつむいている。

「キッチンに戻れ」

なかなかその場を動かずにいる彼女に笙司さんは低い声で言って、動くよう促した。
それでもその場を動かずになにか言おうと、口を開きかけたその時―――
笙司さんは毬衣さんが食べ残していたトマトソースのパスタを彼女の白いコックコートにぶちまけた。

「ああ、悪い。手が滑った」

赤。
私の顔から笑みが消えた。
私を守るはずの微笑みが。
割れたワイングラスを思い出してしまった。
けれど、毬衣さんの顔もひきつっていた。
今、なにが起きたのかきっとわかってない。
けれど、知久は違っていた。

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