私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
「これをどうぞ。手が滑ったようには見えなかったけど、彼女の口から言われたくないことがあるってのはわかったよ」
彼女にハンカチを差し出して、微笑んでいた。
さすがの笙司さんも、知久から得体の知れない不気味な怖さを感じたのか、からになった皿をそっとテーブルに置いた。
「婚約は家と家が決めるものか。うん、そうだね。その通りだよね」
知久はくるくるとワイングラスを回すとワインを一口だけ含んで、すぐにグラスを置いた。
「ごちそうさま。次は本物のイタリアワインを飲ませてもらえると嬉しいな」
笙司さんの顔色が変わった。
ワインボトルは確かにイタリアのものだけど、中身が違っていた?
「ああ、それと、俺はカフェ『音の葉』のほうが好きだよ」
それを聞いて笙司さんと毬衣さんがなにか文句を言うのかと思っていたけど、なにも言えずにいた。
さっきまで青い顔をしていた彼女も知久を見てポカンとしていた。
知久が二人の言葉を殺した。
「じゃあ、仕事があるから、俺はこれで」
知久はまるで、手の中を鮮やかにすりぬける蝶のよう。
ふわりとその場からいなくなってしまった。
店内はまた騒がしさを取り戻し、私はそっと席を立つ。
「私も明日、仕事があるから帰るわね。ごちそうさま」
濃いめの味だったのはわざとだったのか、それとも本当にこの店の味だったのかわからないけど、彼女はきっと冷静でいられなかったのだと思う。
ワインも笙司さんか、彼女のどちらかが、売り上げを伸ばすために安いワインにすりかえたのかもしれない。
店が潰れなければいいけれど。
そう思って店を出た。
―――私がこの店に再び足を踏み入れることはなく、笙司さんの店が危ないと聞いたのはこの数か月後のことだった。
彼女にハンカチを差し出して、微笑んでいた。
さすがの笙司さんも、知久から得体の知れない不気味な怖さを感じたのか、からになった皿をそっとテーブルに置いた。
「婚約は家と家が決めるものか。うん、そうだね。その通りだよね」
知久はくるくるとワイングラスを回すとワインを一口だけ含んで、すぐにグラスを置いた。
「ごちそうさま。次は本物のイタリアワインを飲ませてもらえると嬉しいな」
笙司さんの顔色が変わった。
ワインボトルは確かにイタリアのものだけど、中身が違っていた?
「ああ、それと、俺はカフェ『音の葉』のほうが好きだよ」
それを聞いて笙司さんと毬衣さんがなにか文句を言うのかと思っていたけど、なにも言えずにいた。
さっきまで青い顔をしていた彼女も知久を見てポカンとしていた。
知久が二人の言葉を殺した。
「じゃあ、仕事があるから、俺はこれで」
知久はまるで、手の中を鮮やかにすりぬける蝶のよう。
ふわりとその場からいなくなってしまった。
店内はまた騒がしさを取り戻し、私はそっと席を立つ。
「私も明日、仕事があるから帰るわね。ごちそうさま」
濃いめの味だったのはわざとだったのか、それとも本当にこの店の味だったのかわからないけど、彼女はきっと冷静でいられなかったのだと思う。
ワインも笙司さんか、彼女のどちらかが、売り上げを伸ばすために安いワインにすりかえたのかもしれない。
店が潰れなければいいけれど。
そう思って店を出た。
―――私がこの店に再び足を踏み入れることはなく、笙司さんの店が危ないと聞いたのはこの数か月後のことだった。