私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
決定的な現場を見たわけではなく、俺の目が小百里を追っていたから―――ということらしい。
俺は兄を甘く見ていたようだ。
けど、それは大した問題じゃない。
むしろ、バレているというのなら、話が早くて助かる。
なぜなら、兄には俺の味方になってもらわなければならないからだ。
兄は笑みを浮かべ、足を組み、ソファーに座って王のように振舞う。
そして、俺がなにを考えているかを探っていた。
俺と違って兄は陣川製薬の跡継ぎとして育てられ、まだ大学生だというのに、すでに陣川製薬で働いている。
父は社会勉強と言っているが、大学卒業を見据えて仕事を覚えさせているのだ。
兄は父の期待に応え、有名大学の経済学部に入学し、周囲の信頼も厚い。

「俺にお前の恋の共犯者になれって話か?」

「そうだよ」

「知久。お前には陣川の家が決めた婚約者がいるな?」

兄の声に重なるようにしてドラマチックコロラトゥーラソプラノの声が力強く響く。

『復讐の炎は地獄のように我が心に燃え 死と絶望が私の周りで燃え上がる』

夜の女王が歌っている。

「いるね」

俺は冷めた声で答えた。
ただし、笑顔を崩さず。

「陣川の家に生まれたからには、責任が生じる。お前はその責任を果たしているか?」

まるで、審問されているようだ。
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