私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
 俺はにこっと笑って、小百里の指からビスコッティをくわえると、さすがの小百里もポーカーフェイスを崩していた。
 ふっと俺が勝ち誇った笑みを浮かべていると小百里が苦笑した。

「猫みたい。それも人を挑発する悪い猫」
「あれ? 俺の顔、気に入らなかった?」

 ビスコッティをくわえたまま、小百里に顔を近づけた。
 さあ、俺に誘惑されようか?
 顔を近づけられた小百里が動けなくなって、俺の目を覗き込んで、キスをするまでが、俺の策略。
 けれど、小百里は俺の伸びた前髪を指でつまんだ。

「髪、伸びたわね」

 さっき俺がやったように髪を指にとると、髪を指ですく。俺がこんなに小百里を好きだとは知らないだろう。
 小百里の細く繊細な指が後ろ髪を結んだ髪ゴムを奪う。
 目蓋に落ちた髪が小百里の白い頬に触れ、俺はそのまま目を閉じ、キスをする―――させてもらえなかった。

「お店ではキス禁止の約束でしょ」
「誰もいないのに!? ルールが厳しすぎる!」

 微笑む小百里は俺を翻弄する策士だ。
 だから、俺にはわかる。

「じゃあ、髪を結んで。小百里が解いたんだからね」
「……いいわよ」

 小百里は苦笑する。
 俺の髪に触れ、髪を結びんで振り返る。きっと小百里は気づいている。俺が髪を切らない理由を。
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