私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
 振り返り、不意打ちのようにキスをする。
 唇が触れるだけのキス。
 俺が君以上の策士だと教えるため。

「知久は本当に悪い男ね」
「今さら? でも、小百里も相当策士だけどね?」
「そうかしら」
 
 小百里はビスコッティの入ったガラス瓶のクリップをパチンと留め、瓶を閉じる。

「小百里の本当の声が聞きたいな」
「私は知久のバイオリンが聴きたいわ」

 あっさり俺の誘惑をかわす小百里だけど、それは本心。
 ずるいよなぁ……
 本心に勝る策はなし。

「仰せのままに」

 俺はバイオリンケースを開ける。
 小百里の目が熱っぽく俺を見るのが好きだ。気づいているかどうか知らないけれど、昔から、俺がバイオリンを手にすると、小百里は俺から目を離せなくなる。逃げる視線を俺に向けさせるためでもあった。
 だから、俺は小百里にお願いされることが嫌じゃない。
 小百里はカウンター席に座り、俺を見つめる。
 そして、彼女のために曲を弾く。
 曲は彼女を想って弾くのはアヴェマリア―――そう決まっている。
 二人きりの店内に響く音は優しく深く、そして俺の彼女だけへの愛が語られる。
 奏でられる音によって―――

 ふたりの策士【了】

君の指に魔法を【唯冬】
 結婚指輪の威力はここまであるのか。
< 177 / 198 >

この作品をシェア

pagetop