私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
 少しは優しい言葉でもかけろとでも思っているのかもしれない。

「報われない愛だとしても?」
「俺はそう思っていない」
「気づいているでしょ。千愛(ちさ)さんは兄さんと同じ種類の人間だって。私を選んでおけば、唯冬さんは自分だけを愛する人間を手に入れられたのに」

 千愛と知久は天才だ。
 千愛はピアノを知久はバイオリンを自分の一部のように扱う。
 けれど、俺と結朱は違う。
 努力をし、こつこつと積み上げてようやくここにいる。
 
「私と唯冬さんは同じだと思ったの。だから、私は好きになった。兄さんみたいな人間を反面教師にしてね」
「ああ、それは納得できる」
「自分じゃなく、ピアノを優先する千愛さんでいいの?」
「その答えはもう出ている」

 銀色の指輪を見せると結朱は苦笑した。
 知久のように自慢しているわけではないが、言葉よりも説得力はあるはずだ。
 
「そうね。ごちそうさま」

 結朱は俺の隣から離れ、ピアノのほうへと向かう。
 これから、リハは結朱の番で俺達は終わった。

「唯冬、知久。俺達は帰っていいって」

 逢生がどこから戻ってきたのか、俺と知久に伝えに来た。
 帰っていいと言われて嬉しそうに逢生はチェロを片付けだす。

「素早いな」
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