私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
 まだピアノに残る千愛の気配を感じ、白い鍵盤に指を滑らせた。

「ジムノペディ……」

 水を飲んでいた千愛がぽつりと呟いた。
 俺と千愛が再会した時に弾いた曲を彼女もまた覚えている。
 ピアノへの熱を冷まさせて、こちら側に千愛を引き戻し、冷静になった彼女に俺は言う。

「二人で夕飯を食べようか」

 お腹が空いていることを思い出した千愛は素直にうなずいた。

「唯冬は魔法を使えるのね」
「千愛限定だ」

 ピアノの蓋を閉め、俺は部屋を閉める。
 ここから先は俺のもの。
 彼女が俺だけを愛していないというのなら、俺だけを愛するように仕向ければいいだけだ。
 今は俺の千愛だから。
 次に結朱と会った時に教えてあげよう。
 愛する人の独占方法を。

 君の指に魔法を 【了】

奏でるのは君のため【逢生】
 青い空が広がる午後。
 爽やかな風が通りすぎ、街路樹に生い茂る緑の葉を揺らしていった。
 白の外壁に取り付けられたアンティークランプの下には今日のおすすめが手書きで書かれている。
 太陽の光を多く取り入れることができる大きな窓からは店内の様子が見え、数人の女性客が品物を選んでいた。
 パティスリーハラベというケーキ屋にやってきたのは奏花の誕生日にケーキをプレゼントしたかったからだ。
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