私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】

5 彼の手の内

私は笙司(そうじ)さんにプロポーズの返事をしなかった。
プロポーズの言葉に微笑み、シャンパンを一口飲んで終わり。
遠回しなお断り。
懲りずにプロポーズを繰り返す笙司さんに私は慣れていた。
今日も同じことだと、思っていた。
父の許可がない限り、この結婚は進まない。
私の結婚なのに私の気持ちでは決まらない結婚。
そして、父が決めたのなら、すぐに結婚させられる。
私のため、幸せになれるから、そう言われてきた。
沈黙する私達のテーブルにカトラリーの音だけが響いていた。
それ以上の会話は私達にはない。
黙って食事を終え、当たり障りのない会話をし、レストランを出た。
これで、今日はお別れ。
私の今月の義務も終わった。

「小百里。送ろう」

「笙司さん、明日は仕事でしょう? タクシーを頼むわ」

いつもと同じように今日も別れるのだと思っていた。
けれど、それは私だけがそう思っていただけで、笙司さんは違っていた。

「小百里」

笙司さん私を行かせまいとして、腕を掴んだ。
コートを預けたクロークはすぐそこにあるのに遠く感じた。

「……っ」

掴まれた腕は力強く、痛みを感じて、一歩も動けなかった。
痛みに顔を顰めたの気づき、わずかに腕を掴む力を緩めてくれた。

「結婚に対する君の答えは?」

どこか笙司さんは冷たい印象のする人だけど、私に問いかけた声はいつも以上に感情がない。
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