私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
 夫婦関係は至って良好だ!
 それをわざわざ言うつもりもないが―――外に出て煙草の火をつけた。

「まったく……。あいつには調子を狂わされる」

 それが不思議と煩わしいと思ったことはなく、この感情がなんなのか俺にはわかっていた。
 あの時と似ている。
 俺を置いていった母を待っている時を思い出す。
 俺は成長し、もう非力な子供ではない。
 結婚指輪を眺め、煙を吐いた。
 違うなと思った。
 望未といることで、気持ちが安定していることを自分だけがわかっていなかったのだ。
 当たり前のように幸せを享受していた。
 同僚達は気付いていた。
 だから、俺の苛立ちが望未だと―――ふわりと煙草の煙を目で追う。
 煙の向こう側から、リュックを背負って走ってくる小さな人影が見えた。
 まるでウサギみたいに足取りは軽く、髪を跳ねさせて。

「梶井さーん!」

 顔を赤くし、息を切らせ、俺を見つけた望未が嬉しそうに遠くから手を振っていた。
 
「……どうしてここに?」
「えへへ。来ちゃった」

 驚いた俺との距離は数メートル。
 大冒険をしてきましたというように得意顔をし、満面の笑みを浮かべた。
 俺が待たずとも、こいつからやって来る。
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