私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
「もちろん。いいよー! なにを弾こうか?」

「えっー! 何にしようー」

「うれしーい!」

「みんなで話し合って決めて? 俺は一人しかいないからね」

彼がそう言うと、集まってきた女性は全員で話し始めて、彼はするりと輪の外にうまく逃げ出した。
彼なりの時間稼ぎなのだろう。
頭のいい子だと思うけど―――

「口がたつ悪魔みたい」

彼は驚いたように私を見た。
まさか、私が自分に話しかけると思わなかったのだろう。
子供らしくない顔で彼はくすりと笑った。

「俺って悪魔?」

「そうね」

「じゃあ、悪魔のトリルにしようかな」

ふざけた口ぶりで、バイオリンケースを手にする。
弾けるわけない。
すごく難しい曲なのに。
きっとふざけて言っているんだと思っていた。
私がいることで重苦しい空気になる中、彼は悠然とその中を歩き、注目を集める。
一人一人の視線を奪い、私のほうに向いていた目を全部、自分へと向けさせる。
手にバイオリンを持っただけなのに。
どうして―――?

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