私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
私にぴったりだからと言ってプレゼントしてくれた香水だった。
留学中もずっと同じ香水を送ってきたのは自分を忘れさせないためなのかもしれない。

「小百里は嫌だと思ったら、絶対につけない」

私の長い髪を指に絡ませて、知久はキスをする。
上目遣いのその目は魅力的で、ぞくりと肌が粟立った。

「キスしたいな。体中に俺の痕をつけたい」

さすがの私もその言葉に慌てた。
知久は本気で言っている。
そんなことさせるわけにはいかない。

「駄目に決まっているでしょ! なにもしないって言ったのは知久よ」

ここで拒んでおかなければ、知久の誘惑に勝てる自信がなかった。
いわば、相手は誘惑するプロ。
百戦錬磨なんだから!
ぐぐっと両手で知久の体を押しやった。

「あーあ。俺を我慢させるのは小百里くらいだよ」

「そんなことないわよ」

「そうだよ。昔からそうだった」

すねた知久はクッションを抱えたまま、しばらく動かなかった。
子供かしら。
これが、クラシック音楽界のプリンスで天才バイオリニストの真の姿だと、世間に教えてあげたいわよ。
どうせ駆け引きに決まってる。
下手に慰めると、調子に乗ってロクでもないことを言い出すんだから。

「じゃあ、一緒にお風呂だけでもどう?」

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