私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
17 婚約者
あれが本気の告白だったのだとわかったのはしばらく後のことだった。
知久が理由をつけて、学内でも学外でも私に会いに来るようになったからだった。
人の目がある場所では弟の友人としてふるまっていたけど、二人になると本性は悪魔以外のなにものでもなかった。
「練習室で待ってるなんて卑怯よ!」
「どうして?」
知久は練習室の鍵を私の手のひらにのせた。
「小百里のピアノを聴きたいな」
そんなことを言えば許されるとでも思っているのかしら。
もしかして、弟の唯冬も共犯?
唯冬から『練習室の予約、とったけど予定が入ったから姉さん、よかったら使って』と言われた。
けど、いたのは唯冬ではなかった。
よくよく考えてみれば、『姉さん』と唯冬が私を呼ぶ時はなにか頼みたいことや後ろ暗いことがある時だけ。
それに気づかず、練習室を使えることに大喜びしていたおめでたい私。
なんの疑問も感じずに感謝していた自分を叱りたい。
私にとって、ピアノが使える時間は貴重だった。