私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
唯冬がうなずいたその時―――

「小百里。高い学費を払ってもらって音大附属に通わせてもらっているんだから、みんなの前でピアノを披露しなさいよ!」

ヒステリックな声が響いた。
声の主は毬衣さんだった。
小百里は困ったように笑っている。
ちょうど、集まっているサンルームにはピアノが置いてあり、いつでも弾けるようになっている。
ただ弾くだけならいいが、毬衣さんのことだ。
小百里が失敗するように企んでいる可能性もある。

「俺が弾いて―――」

唯冬が小百里を助けようと、前に出たのを俺が止めた。

「それは俺の役目だよ?」

バイオリンケースからバイオリンを手にして、俺が微笑むと唯冬が壁に背中をつけた。

「それもそうだ」

彼女に向かって、足を一歩踏み出す。
人の輪に入っていくと、視線はすべて俺のもの。
小百里に向けられていた視線は俺に向けられる。

「小百里さん。俺と一曲どう?」

驚いた目で俺を見る。
わかっている。
婚約者達が集まる中で話しかけられ、動揺していることくらい。
小百里は俺と付き合っているけど、瀬登笙司という婚約者ができて距離を置こうとしている。
そんなこと―――させるか。
俺の笑みに小百里はなにか察したようだった。
わかるはずだ。
俺と小百里は同類なのだから。

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