私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
挑発するように小百里を見ると、向こうも俺に挑むような目を向ける。
負けず嫌いなのは知っている。

「知久さん。曲は?」

俺を『知久さん』なんて他人行儀に呼んで、小百里は少し怒ったような口調で俺に聞く。
手を握ったのが悪かったのか、挑発したのが気に入らなかったのか。
けど、緊張は消えたみたいだ。

「死の舞踏」

「知久さんにぴったりね」

憎まれ口を叩くくらいがちょうどいい。
小百里が青白い顔で親戚の中にいた頃を思えば、今の方がずっといい。
ピアノの前に座った彼女は俺を見る。
サンサーンスの死の舞踏はハロウィンの日に死神がバイオリンを弾き、死者が夜明けまで踊るという曲だ。
変則調弦をすることでバイオリンの音が際立つ。
バイオリンを弾く死神がゆったりとした音で死者を目覚めさせると、ピアノの音はまるで死者達の足音のように始まる。
俺と小百里の演奏が始まる―――バイオリンの音から。
墓地の下から這い出た死者達。
死神のバイオリンの演奏によって踊り出す。
ピアノは死者のステップを踏む。
小百里の指が鍵盤の上で激しく踊る。

「……なんだか不安になる曲ね」

「楽しい曲のように聞こえるのに不気味だわ」

ひそひそと話す声に俺が笑うと小百里も微かに笑った。
不穏な和音が潜み、不気味さを煽る。
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