私達には婚約者がいる【菱水シリーズ④】
「そっか」

知久が私の手を握る指に力がこもり、私から目をそらした。
きっと私に言って欲しい言葉はそんな言葉じゃない。

「小百里のマンションの近くまで送ってくよ」

「いいわ。これから毬衣さんと食事でしょ」

私の手を引き、前を歩く知久には私の顔は見えない。
今はそのほうがよかった。

「小百里。わざと? それとも俺のことをなんとも思ってないとか? 少しは嫉妬してくれても……」

振り返って、私の顔を見た知久の言葉が止まる。
きっと私は笑えていない。
こぼれた涙が、ぽつぽつと砂の上に落ちた。
子供のように泣きたくはなかったのに。
物わかりのいい私でありたかった。
彼の重荷になりたくない、なりたくなかった―――

「行かないで。知久」

「小百里……」

「一緒にいて。私を一人にしないで……」

知久は私を抱き締めた。
強く、きつく。
最後の最後で私は感情を抑えきれず、嘘をつき通すと決めていたのに出来なかった。

「いいよ」

知久は私の涙を指でぬぐうと、スマホを取り出した。

「兄さん? 急用ができた。うまいことやっといてよ」

電話の向こうで『おい!知久!』と声が聞こえたけれど、それを無視してスマホの電源を切った。

「小百里のも」

そして、私のスマホも同じように電源を切った。

「小百里のためなら、なんでも簡単に捨ててあげるよ」

知久は私に囁いた。

「どうする?」

知久のシャツを掴み私からキスをした。
願いが叶えられたのなら、私は悪魔に見合う代償を払わなくてはいけない。
悪魔に払えるものは、私以外、なにも持っていない。
だから、私をあげる。
体も心もすべてあなたのもの。
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